元フジテレビプロデューサー・吉野嘉高さん「問題の根本は個人ではなく組織文化」 日枝氏には「責任があります。でも…」

 かつてテレビ業界でトップを走っていたフジテレビが揺れている。メディア業界への関心の高さから、元フジで情報番組プロデューサーなどを担当した吉野嘉高さん(62)が約9年前に執筆した「フジテレビはなぜ凋落(ちょうらく)したのか」(新潮社、電子版814円)が再注目され、ダウンロード数も急増している。OBとして何を思うのか。フジテレビの「これまで」と「これから」を語った。(久保 阿礼)

 昨年末から続くフジテレビを巡る一連の問題について、吉野さんには驚きと複雑な思いがあった。

 「まさかここまでの社会現象になるとは思っていませんでしたね。1980年代の組織改革を進める中で、フジテレビの企業風土が形成されました。長期的には企業の活性化に寄与したけれど、時代に応じたアップデートができずに、結果として硬直化してしまった。このことを本の中で指摘しました。組織というものは永遠に同じ形で続くことはないですし、どこかで変えなければならないものです。そのタイミングが必ず訪れるとは思っていました。でも、今回の問題がここまで大きく取り上げられ、社会全体の関心を集めるとは予想もしていませんでした」

 1980年代、「楽しくなければテレビじゃない」というスローガンを掲げたフジテレビは、視聴率3冠を連続して獲得するなど、業界トップを走り続けた。ビートたけし、明石家さんま、とんねるず、ダウンタウンらのお笑いや、ドラマを前面に押し出し、高視聴率を連発した。フジでは特に、タレントとスタッフが一体となり、社員同士の距離も近かったという。吉野さんはそうした強い仲間意識は、編成と制作の職場が一緒に働いた「大部屋」で培われたものだと指摘する。

 「役員と一般社員が同じ空間で働いていて、物理的な距離が近かったですね。みんなでワイワイ話しながら仕事をしていたんです。ですが、ある時、役員と社員の部屋を明確に分けてしまい、トップは『雲の上の存在』になってしまいました。役員クラスの人たちはフカフカの絨毯(じゅうたん)の上にいるわけで、一般社員との接点が減ってしまったのです。物理的な距離が広がると、心理的な距離も広がるものです。すると、上層部と現場との間に隙間風が吹き、フラットな意思疎通が難しくなっていきます」

 フジ黄金期を率いた一人と言われるのが、当時42歳の若さで編成局長になった日枝久氏だった。フジサンケイグループの代表として、政財界とのつながりも深い。旧ライブドアによるフジテレビ買収騒動の際は、創業者の堀江貴文氏と対峙(たいじ)するなど、フジの象徴として存在していた。今では「雲の上のような存在」という日枝氏だが、現場時代に、大切にしていたのは庶民目線だった。

 外部プロダクションへの「発注書」を「依頼書」に変えるなど、細かな気配りがあった。「オレたちひょうきん族」のざんげコーナーでは罰として水を浴びたこともある。笑い方が豪快なことから「ガハハおじさん」というニックネームもついた。今回、一連の騒動で何も語らなかった日枝氏の責任を追及する声はやまなかったが、吉野さんは「個人の問題で片付けられる問題ではない」と疑問を呈す。

 「日枝氏の辞任を最終ゴールとすると本質を見誤ってしまいます。確かに、長期的にトップにいた人物には責任があります。でも、それを支えてきた組織全体の問題として捉えるべきです。上に従い、忖度(そんたく)し、服従してきた人たちが組織のあり方を維持してしまったという面も見なければなりません。問題の根本は『個人』ではなく『組織文化』です。トップが変わればそれで解決するわけではなく、組織全体の意識や行動様式を変えていく必要があります」

 今回の騒動で表舞台から退くことになった日枝氏だが、40年以上の長期政権を築けたことには理由があるという。

 「これはフジに限らず、日本企業の統治構造の問題とも関係がありますよね。一度権力を握ると、それを維持しやすい構造になっている。支持する側も『このままでいいや』と思ってしまう。長く続けば続くほど、変化を起こすことが難しくなる。これは組織の宿命のようなものです。ただ、当事者自身もその問題を認識していた可能性はあります。10年ほど前のインタビューで、日枝氏は『空気を変えなければならない』と語っていたわけですから。でも、結局は変えられなかった。その背景には周りの支持があったはずです」

 メディアを取り巻く環境は急激に変化を続けている。その代表格だったテレビも変化、変革が求められていると分析する。

 「今回のフジテレビのケースは、組織の問題を浮き彫りにするモデルケースになる可能性があると思っています。もしこの問題を乗り越え、組織を大きく変革できれば、日本社会全体にとっても良い影響を与えるはずです。単なる一企業の問題ではなく、日本社会における『古い体質』を問うものになっています。これを機に、日本の企業文化や組織運営の在り方が見直されることを期待したいですね」

 ◆吉野 嘉高(よしの・よしたか)1962年10月1日、広島県生まれ。62歳。早大卒業後、86年フジテレビ入社。情報番組、ニュース番組のディレクターやプロデューサーのほか、社会部記者などを務める。2009年、退職。筑紫女学園大文学部教授。

 ◆吉野さんが選ぶ おすすめの一冊

 おすすめの本は「ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち」(光文社、文庫版1320円)です。現在、米国で副大統領を務めるバンス氏の回想録で、これを読めばトランプ大統領がなぜ米国であれだけ支持をされているかが分かりますね。かつて栄えた工業地帯が荒廃し、貧しい白人労働者の生活環境や文化の中で、自らもさまざまなトラブルに巻き込まれる様子を生々しくつづっています。トランプ政権を理解するための一助になると思います。

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