SNS、自分好みの情報ばかり届く特性 日本での認知度4割弱 日本新聞博物館の元館長・尾高泉さん

日本新聞博物館元館長・尾高泉さん

 交流サイト(SNS)が大きな影響を与えた昨秋の兵庫県知事選から半年が過ぎたが、ネット空間では今も対立が後を絶たない。日本新聞博物館(横浜市)の元館長、尾高泉さん(60)は、自分好みの情報ばかりが届くSNSの特性に対する国民の認知度は「世界的にも低い」と指摘。民主主義を守るには、メディアリテラシー教育や、ともに社会課題を議論する「共創的な場」が大事と呼びかける。(聞き手・広畑千春)

■情報リテラシー教育が大事

 -昨年11月の知事選では、SNSで真偽不明情報や誹謗(ひぼう)中傷が拡散した。

 「女子高校生3人のおしゃべりから取り付け騒ぎが起きた1973年の『豊川信用金庫事件』のように、昔から人には『不安』『好奇心』『伝えたい』という衝動がある。それがSNSという巨大な攪拌(かくはん)機に投げ込まれ、単なるうわさ話が途方もない規模で広がるようになった」

 「そうした混乱が『選挙』にまでくるのは時間の問題だった。新聞博物館では『確かな情報が命を守る』と呼びかけてきたが、兵庫県政を巡る一連の問題では、人の命が失われる事態が起きてしまった。SNSではマスメディアの善意の報道も拡散や誹謗中傷に加担してしまう構造がある。知事選で出回ったような偽情報は、発信元のアカウントがわずかしかないことが分かっている」

 -現在はメディアと教育をつなぐ活動をしている。

 「私たちは無料で情報を得る代わりに、個人情報、つまりマーケティングデータを提供している。人々の関心や注目に経済的な価値を与える『アテンション・エコノミー』によって、自分の心地よい情報が次々に届けられてくる。そして、無自覚のうちに批判的な言説へ敵対するよう慣らされていく」

 「コロナ禍ではユーチューブなど動画配信サービスを視聴する時間が増え、中高年層にまで一気に広がった。だが子どもに比べ、大人たちは情報リテラシー教育を受けていない。2023年版の情報通信白書によると、好みの情報ばかり届く『フィルターバブル』の認知度は米国、中国、ドイツで各7~8割だが、日本は4割弱。特に50~60代が低かった」

 -SNSは民主主義を妨げるのか。

 「人々が自由に情報の受発信ができるようになったことは、むしろ民主的であり否定すべきではない。ただ『民主主義』とは法の手続きにのっとって他者の多様な意見を認め、議論することが前提になっている」

 「SNSは『私が信じるものが信じられている』という快感をあおり立てる。そうした特性は時に『異論を認める』ことを否定させてしまう。それは民主主義の否定だ。絶対に暴走させてはいけない」

 -斎藤元彦知事の当選後もSNS上で、支持者とそうでない人との対立や衝突は繰り返されている。

 「一億総メディア化とも言える状況が生まれているが、報道機関であるメディアは、その誕生以来、『言論と品格』を戒めとして倫理綱領などに入れてきた。そのことを、個人も自覚するべきではないか」

 「その上で、メディア情報リテラシーを学び、自分たちの行動がいかに技術によってコントロールされているかを理解する。県民にとって本当に大切なのは『何を、誰を信じるか』よりも、人口減少や若者支援など山積する問題を『どう解決していくか』のはずだ」

 「近年は多様性が重視される一方で、従来のマジョリティー(多数派)には不満もあるだろう。リアルな課題に立ち戻り、確かな情報をもとに誰もがフラットに意見を言い合い、尊重し合える『共創的なコミュニケーション』の場をつくる努力が必要だ」

【おだか・いずみ】1964年生まれ。慶大法卒。日本新聞協会が運営する日本新聞博物館館長、同協会事務局次長を務め2024年夏に定年退職。「教育とメディア」コモンズ・キュレーターとして新聞社の教育事業アドバイザーや教育機関での講演などを行う。日本NIE学会常任理事。キャリアコンサルタント。

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