トランプ関税、ルラ氏にとって追い風か-2026年ブラジル大統領選前に
トランプ米大統領が世界の貿易を混乱させる中、ブラジルはここ数カ月、表舞台に立つのを避けてきた。しかし、今や脚光を浴びる立場となったルラ大統領は、その注目を巧みに利用する可能性がある。
トランプ大統領がブラジルに50%の関税を課すと発表してから数時間後、ルラ大統領は慌てて関係修復を図るのではなく、報復措置を取る意向を示した。
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景気減速や脆弱(ぜいじゃく)な財政見通し、選挙イヤーに向けて支持率が低迷する中、ルラ大統領は第2位の貿易相手国である米国との対立を先鋭化させるという道を選択した。9日の報道を受けて通貨レアルが急落し、再びレアル安の局面に入る可能性も指摘されている。
レアルは10日の取引開始直後、ドルに対して0.8%下落したものの、その後は荒い値動きの末、上昇に転じた。
トランプ氏の関税通知の書簡に関して、他の対象国とは異なり、ルラ氏には抵抗する以外の選択肢はほとんど残されていない可能性がある。
複数の関係者によれば、トランプ氏がボルソナロ前大統領が起訴されたことを「魔女狩り」だと非難し、米ソーシャルメディア企業への措置を批判する中、今回の関税を回避できる見込みはほとんどない。これは法的な問題であり、ルラ大統領には権限がなく、要求に応じる余地がないためだ。
そのうえ、両者の間で突如として敵対感情が高まったことで、関係の修復は一層難しくなっている。ましてや、ルラ氏が2026年に4期目を目指す準備を進めていることもあり、なおさらだ。
事情に詳しい関係者4人によると、ブラジル政府は既に相互関税の可能性を分析するためのタスクフォース設置を決定した。これら関係者は、内部事情に関する議論であることから匿名を条件に語った。
「無責任な脅迫」
ルラ大統領が先週末にリオデジャネイロで主催した主要新興国グループ「BRICS」の首脳会議では、貿易をゆがめる関税とイランへの空爆を批判する共同声明が採択された。トランプ氏や米国を名指しこそしなかったものの、その内容は明らかにトランプ氏への批判だった。これに対し、トランプ大統領は7日、「BRICSの反米政策」に同調するいかなる国に対しても、追加で10%の関税を課す考えを示した。
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同日、ルラ氏は「関税を脅しに使うのは無責任だ」と非難した。2022年の大統領選での敗北後にクーデターを企てたとして起訴されたボルソナロ前大統領をトランプ氏が擁護したことに対しては、内政干渉を控えるよう求めた。
ルラ氏は輪番制の議長国として米国に批判的な声明を主導し、ドルに依存しない国際貿易体制の構築を呼びかけたため、矢面に立つ形となった。
しかし、南アフリカのラマポーザ大統領もトランプ氏の関税を課すとの脅しを非難し、トランプは4月に提案した同国に対する30%の関税を維持した。ブラジルは米国との財の貿易収支で赤字を計上しているにもかかわらず、関税が50%に引き上げられる見通しだ。
これにより、根本的な対立の原因は貿易そのものではなく、トランプ氏の政治的な不満にあることが浮き彫りになった。トランプ氏の支持者はボルソナロ前大統領に対する訴訟や「偽ニュース」対策に反発し、ブラジル最高裁を言論の自由への脅威だと非難してきた。前大統領の息子であるエドゥアルド・ボルソナロ氏は数カ月間にわたり米国でロビー活動を展開し、トランプ政権に対策を講じるよう求めている。
この裁判はルラ政権とは無関係であり、左派のルラ大統領には最高裁の審理に介入する権限はない。トランプ氏の主張は、ルラ氏を挑戦的な姿勢に追い込むかのような内容で、まるでそう仕向けたかのようだった。そしてルラ氏は、まさにその姿勢を取る意向であることをすぐに明確にした。
ブラジル外務省はトランプ氏の書簡を「侮辱的」と非難し、米国の臨時代理大使を呼び出して書簡を返還した。事情に詳しい当局者が明らかにした。
別の関係者2人によると、ルラ氏はワシントン駐在のブラジル大使を召還するかどうかを検討し始めた。
軍事独裁政権下で、労働運動を出発点に政治家としての道を歩み始めたルラ氏にとって、今回の対立を政治的に活用できる好機となった。数カ月にわたって支持率が50%を下回る中、ルラ大統領はトランプ氏がブラジルの政治に干渉し、経済を混乱させ、ブラジルを米国の「裏庭」に変えようとしていると訴える根拠を得たと、当局者は述べた。
潜在的リスク
ルラ氏の戦略にはリスクも伴う。トランプ氏が「相互関税」と称する関税措置を発表した直後に制定された経済的相互主義に関する法律に基づき、報復措置を講じるという約束は、米中間で展開されたような関税合戦に発展する可能性がある。米中は関税を段階的に引き上げ、最終的に交渉で緊張が緩和されるまで対立が長期化した。
ブルームバーグ・エコノミクスの推計によると、50%の関税はブラジル経済に1%の打撃を与える可能性がある。ブラジルが一部の輸出先を中国など他の市場に転換できれば影響を軽減できる可能性もあるが、レアルのさらなる下落は、今年ルラ大統領の支持率を圧迫しているインフレの抑制を一層困難にする恐れがある。
米国との貿易赤字を最小限に抑えるブラジルは、トランプ氏が常々求めているタイプの貿易関係を築いている。しかし、ルラ氏も気づき始めているように、その点はもはや本質ではない可能性がある。さらに、トランプ氏が再びパリ協定から米国を脱退させ、年内にはブラジルが国連気候変動サミットを主催する予定であるなど、両国間には他の対立の火種もある。
ブラジル政府は10日、「ブラジルを尊重せよ」とのスローガンを掲げたキャンペーンを急きょ展開した。ルラ大統領は「国家主権を主張する」とし、ブラジルは誰からも説教されることはないと言明した。
2026年のブラジル大統領選は、既に幕を開けたのかもしれない。
原題:Trump’s Tariffs Give Lula a Rallying Cry Ahead of 2026 Vote (2)(抜粋)