コラム:米国の4%成長と雇用創出停滞をどう説明するか

米経済はほぼ4%の成長を遂げているのになぜ雇用が増えていないのか。写真は建設現場。7月14日、アラバマ州モービルで撮影(2025年 ロイター/Megan Smith)

[ロンドン 30日 ロイター] - 米経済はほぼ4%の成長を遂げているのになぜ雇用が増えていないのか。これは激動の2025年が最終の四半期に入る現時点で、最も大きな謎のひとつだ。その答えは人工知能(AI)にあるのかもしれないが、証明するのは難しいだろう。

米金融市場は4月、トランプ米大統領の関税計画発表のために心臓発作寸前の打撃を受けたがその後は力強く反発し、SP500種は安値から33%も上昇した。一方で米経済は第3・四半期終了時点で年率換算3.9%成長の軌道に乗っている。

US GDP growth tracking 3.9% as Q3 comes to an end

さらに、金融環境がほぼこの4年間で最も緩和的な状態にあるにもかかわらず、米連邦準備理事会(FRB)は再び金融緩和を実施した。 パウエル議長とFRBのメンバーが労働市場について懸念しているからだ。

では、経済が絶好調で企業の設備投資が急増し、株式市場が最高値を更新し続けている状況で、なぜ労働市場が外見上弱々しく見えるのか。

第3・四半期を通じて株、債券、ドルなどのさまざまな指標が堅調に推移したが「マグニフィセント7」と呼ばれる巨大テック株7銘柄の株価は年初来安値から60%という驚くべき上昇率を記録した。

Q3 and YTD tallies for selected global asset prices

JPモルガンのエコノミストは最近、25年前半の設備投資が年率11%増となり、投資の伸びが第3・四半期も労働需要がしぼむ一方で力強さを保っていると指摘した。

米国の雇用創出は大幅に鈍化しており、8月までの直近3カ月の月平均はわずか2万9000人にとどまった。24年の同時期は8万2000人だった。9月のデータは3日に発表される予定だ。

JPモルガンは先週末のリポート「奇妙な分離」で「設備投資が加速する一方で雇用創出が停滞するという状況は見通しに組み込むのが難しい」とした上で「設備投資の加速と雇用創出の停滞が併存する事態は過去60年間のどの米景気拡大期にも見られなかった」と書いた。

JPMorgan chart on brisk US capex spend versus sagging employment

額面通りに受け止めれば、労働市場の一部指標は景気後退のシグナルを点滅させている。FRB当局者たちが心配しているように見えていても、株式市場や信用市場はこうしたシグナルを完全に無視しているかのようだ。

TSロンバードのエコノミスト、ダリオ・パーキンス氏は最近「FRBを恐れさせている」とするチャートに注意を向けた。このチャートは政府部門と医療職を除く「コア雇用」の6カ月変化率がゼロ近辺にあることを示している。この数値が過去60年間でマイナスに転じた時は必ず景気後退が生じたのだ。

パーキンス氏は「FRBは雇用が伸びなくなった時にいつもすることをしている、つまり『失速速度』に陥るのではないかとパニックになっている」と書いた。

TS Lombard chart on 6-monthly changes in US 'core' payrolls and recessions

<60年の謎か、それとも完璧な対立か>

では、なぜ株式市場は動じていないのか?

一因としては、投資家がFRBは今や問題を回避するために迅速に金融緩和に動くだろう、雇用情勢は移民の減少や生産性の向上が理由であり、FRBがいずれにせよ念のために緩和するだろうと考えているからだ。

HSBC chart on S&P500 historical performance after Fed easing resumes

JPモルガンのチームは絶好調の設備投資と雇用創出の停滞の対立を説明するために2つの見方を提示している。

楽観的な見方としては、AIやその他の新技術が首尾よく導入されており、労働供給が減少するのに従って雇用ペースを落とせるということだ。

こうした対立が厳密に言ってマクロ経済的に同時に起こることはあり得そうにない。それでも、移民規制や不法移民の国外退去の影響で「ブレークイーブン雇用増(失業率を一定に保つために必要な月間の雇用増加数)」が5万人以下に押さえ込まれているとされる状況と符合する。

だから、一部のエコノミストは今や月次の雇用統計がまもなくマイナスに転じても金融市場は必ずしも驚かない可能性があるだろうと見なしている。

一方でJPモルガンの悲観的シナリオでは、採用の減少は企業全体の慎重姿勢を反映しており、設備投資の拡大はAI主導の範囲の限られたブームが後退しつつある最終局面にある。もしもそうならば、労働市場の減速は家計の購買力を弱らせ始め、輸入関税やドルに関連したインフレ圧力と組み合わさって景気に打撃を与える可能性がある。

この問題が今年の最終四半期のうちに完全に解決するとは限らないだろう。

ひとつには、米政府閉鎖の可能性があり、その場合は9月雇用統計の完全な発表を数週間待たなければならないかもしれない。9月雇用統計は7─9月期のこうした傾向を追認するのか、または否定することになるだろう。

設備投資の側面では、迫る決算シーズンがより多くの情報をもたらすだろう。マイクロソフト(MSFT.O), opens new tab、アルファベット(GOOGL.O), opens new tab、アマゾン(AMZN.O), opens new tabといったいわゆる「ハイパースケーラー」のAI関連支出の詳細を確認するだけでなく、産業界がデータセンターやその他の物理的インフラの急激な建設からどの程度恩恵も受けているのかどうかも一層明らかになる。
HSBCの米国株チームはたとえば、第3・四半期の決算シーズンがテック投資テーマを確認しさらに強化すると見ている。マグニフィセント7の手元資金約1兆ドルのうち、4140億ドルが設備投資に充てられると予測しており、アップル(AAPL.O), opens new tabも他社に追い付く余地があるという。
HSBC chart on concentration of tech capex spend in US megacaps

しかしながら、AI設備投資はある程度減速が避けられないと見られ、現在の経済的な謎に対して満足できる答えを出せそうにない。雇用の足踏みと企業投資の自信が明らかに矛盾した状態がどれだけ長く共存できるのか、引き続き最終四半期にかけての最大の焦点となりそうだ。

(筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

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筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

Mike Dolan is Reuters Editor-at-Large for Finance & Markets and a regular columnist. He has worked as a correspondent, editor and columnist at Reuters for the past 30 years - specializing in global economics and policy and financial markets across G7 and emerging economies. Mike is based in London but has also worked in Washington DC and in Sarajevo and has covered news events from dozens of cities across the world. A graduate in economics and politics from Trinity College Dublin, Mike previously worked with Bloomberg and Euromoney and received Reuters awards for his work during the financial crisis in 2007/2008 and on Frontier Markets in 2010.

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