猛暑で試される人類の限界、気候変動がもたらす命の危機-QuickTake

気候変動の影響で猛暑がより激しく、かつ頻繁に起きるようになり、人類の身体上の限界が試されている。世界中で毎年、何千人もの命が奪われている。

  医学誌ネイチャー・メディシンに掲載された研究リポートによると、地球温暖化を抑えられなかった場合、過度な気温上昇が原因で亡くなる人は今世紀末までに欧州の都市部で580万人余り増える可能性がある。ローマの人口の約2倍に相当する死者数だ。

  欧州はすでに今年、危険な暑さに見舞われ、地域によっては気温が40度を超えた。スペインでは5-7月に推定で1180人が猛暑によって死亡したとされ、気温上昇は地中海沿岸の各地で犠牲者をもたらす山火事を引き起こす要因にもなった。

  米国でもこの夏、広い地域で猛暑となった。高気圧が特定の地域に居座る「ヒートドーム」によって熱気が閉じ込められ、各地で気温が上昇。7月後半には、猛烈な暑さに関する警報が米国内で1億7700万人以上が住む地域を対象に発令された。

猛暑はなぜ危険か

  熱中症とは、体内の余分な熱をうまく放出できなくなったときに起こる状態で、めまいや吐き気、けいれんなどさまざまな症状を引き起こす。最も深刻な場合には熱射病に至り、体温が命に関わるほど高くなって、脳や心臓、腎臓に深刻なダメージを与える恐れがある。

  気温が高ければ脱水症状になりやすく、心臓発作や脳卒中のリスクも高まる。また、特に大気汚染のひどい地域では、暑さが呼吸器系の疾患を悪化させることもある。中でも女性や高齢者は、猛暑に対して最も脆弱(ぜいじゃく)とされる。

  暑さは労働環境にも深刻な影響を及ぼし、身体的・認知的な負荷が増すことで労働災害のリスクが高まる。事故件数の増加傾向を受け、日本政府は適切な熱中症対策を怠った企業に対し、罰則を科す制度を導入した。

  欧州北部では、通勤そのものが危険を伴うようになっている。老朽化した交通インフラは極端に高い気温を想定せずに設計されている。ブルームバーグの「ロンドン地下鉄ヒート指数」によると、混雑した地下鉄車内の温度は、地上よりも数度高いという。

  コンクリートやアスファルトなどの素材は熱を日中にため込み、夜間に放出するため、都市部では特に気温が上昇しやすい。これが都市部で「ヒートアイランド現象」を引き起こす。暑さで消耗した身体が回復しようとする夜間に気温が高いと、熱中症リスクはさらに高まる。

  命が奪われる場合もある。世界保健機関(WHO)の推計によれば、2000-19年に全世界で年間約50万人が暑さに関連して死亡した。

  猛暑が原因で実際に毎年どれだけの人が亡くなっているのか、正確な数を把握するのは難しい。熱が身体に影響を及ぼし基礎疾患を悪化させる仕組みはいろいろあるため、実際の死者数は公式に報告される人数を上回るとみられる。心疾患や糖尿病などを抱える人が死亡した際、暑さではなく慢性疾患が原因とされることはしばしばだ。

猛烈な暑さはどのように測定されるのか

  気象予報士たちは人体への影響をより良く理解するため、「熱ストレス」や「不快度」といった指標を使うようになってきている。代表的なものには、湿度を考慮して実際の体感温度を示す「ヒューミデックス」、「ヒートインデックス」、および「湿球温度」がある。

  湿度が高いと、汗が蒸発しにくくなるため、人体の冷却機能が低下する。空気中に水蒸気が多く含まれているため、汗が肌の表面にとどまり、体温を効率的に下げることができないのだ。

  例えば、米アリゾナ州フェニックスで7月に経験するような気温42度・湿度40%という条件では、湿球温度は約30度になる。一方で、気温が38度でも湿度が80%になると、湿球温度は約35度に達する。

  この35度という数値は人間が生存できる限界とされ、日陰や水分が十分にあったとしても、健康な人が熱射病を起こしかねないレベルだ。実際、こうした極端な湿球温度は、すでに一部の亜熱帯沿岸地域で観測されている。

  ただし、それほど高くない湿球温度でも死に至る事態は起こり得る。科学誌サイエンスに20年に掲載された研究では、03年の欧州と10年のロシアを襲った熱波により何千人も死亡したが、当時の湿球温度は28度を超えていなかったことが報告されている。

  熱ストレスをより高度に測定する指標として、「湿球黒球温度(WBGT)」もある。これは気温と湿度に加え、風速や太陽の角度、雲の量といった要素も考慮するもので、直射日光下での作業や運動が危険かどうかを判断する際に役立つ。

  例えばテニスのウィンブルドン選手権では、湿球黒球温度が30.1度以上に達した場合、10分間の休憩を認めるルールが設けられている。

どの国で問題となっているのか

  気温と湿度が最も高くなりがちなのは、南アジアや亜熱帯気候の地域だ。インド気象局のデータによると、同国では24年まで9年連続で最高気温が45度を超えた。 

  インドではさらに、一部地域で湿球温度が32度を超えた記録もある。国連はインドが「生存限界」とされる湿球温度35度を最初に超える国の一つになるだろうと予測している。

  通常は温暖な地域でも、猛暑日は増加している。日本やハンガリー、クロアチアなどは24年に観測史上最も暑い7月を記録した。

  米国では熱波の発生が一般的になりつつあり、1960年代は主要都市で年平均2回だった頻度が、2020年代になると同6回にまで増加。熱波による死者は、洪水やハリケーンを含む他のどの気象現象よりも多く、米国内で最も致命的な天候要因となっている。

経済への影響は

  気温が高いと労働者の生産性が低下し、経済成長を抑制させる可能性がある。国際労働機関(ILO)の報告書によると、中程度の負荷で作業する人は、湿球黒球温度が33-34度になると、作業能力の半分を失うという。

  この報告書は、熱ストレスにより、30年までに世界の国内総生産(GDP)が年2兆4000億ドル(約360兆円)失われる可能性があると試算している。

  気温の上昇はエアコンや扇風機の使用による電力需要を押し上げ、電力網に負荷をかけ、停電のリスクを高める。送電網は、ケーブルの融解や架空線のたるみといった熱損傷を受ける可能性があり、道路や鉄道の線路といった他の重要インフラも、高温によってゆがんだり変形したりする恐れがある。

  また、猛暑は干ばつを悪化させ、貯水池の水位低下によって水力発電の能力を制限するほか、原子炉の冷却に必要な水の確保を困難にし、発電に支障を来す可能性がある。

  干ばつはパナマ運河やライン川といった主要な水路を経由する物流を脅かす恐れがあるほか、農作物の収穫量を減らし、食品価格の上昇を招き得る。猛暑によって収穫が減少したことで、カカオやコーヒー、オリーブ油などの商品の価格が高騰している。

猛暑と気候変動との関係は

  地球温暖化により、特に熱帯地域では熱波がより強烈になっている。5月に発表された研究は、人類が引き起こした気候変動の影響で、全ての国で過去1年間に猛暑日が増えたと結論付けた。

  ロンドンに本拠を置くワールド・ウェザー・アトリビューション(WWA)と米非営利団体クライメート・セントラル、赤十字気候センターによる調査によれば、世界人口の半分近くが気候変動の影響で猛暑日が少なくとも30日増えた状況に見舞われている。バルバドスやハイチをはじめとするカリブ海や太平洋の島国では100日以上増えたという。

  こうした状況は、地球が24年に観測史上最も暑い年を記録したことを反映している。しかも国連の世界気象機関(WMO)によると、この記録が向こう5年のうち少なくとも1年で破られる確率は80%に上る。

原題:How Extreme Heat Is Testing the Human Body’s Limits: QuickTake(抜粋)

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