働き盛りも無縁でない「心房細動」そのリスクと最新の治療法とは 今、従来の課題が解決され、治療のパラダイムが大きく転換!

「心房細動」をご存じだろうか。心臓の拍動リズムが不規則かつ小刻みになる不整脈の一種だ。見過ごすと命に関わる深刻なリスクを招きかねないが、近年、その治療法はテクノロジーによって大きく進化しているという。今回、心房細動治療の最前線、そして未来について、この分野が専門の里見和浩医師と、世界約127カ国で事業を展開する医療機器メーカー、ボストン・サイエンティフィックの日本法人代表を務める森川智之氏が語り合った。

【里見】心房細動が怖いのは、それが脳梗塞(虚血性脳卒中)のリスクを高める要因の一つだからです。心臓内に血液が滞留することで血栓が生じ、脳梗塞を引き起こすことがある。動悸や息切れなどの自覚症状がない“隠れ心房細動”も多く、気付かぬうちに症状が進行してしまうケースがあります。

【森川】日本における患者数は、推定で100万人を超えるといわれています。

【里見】高齢化の進展に伴って、患者数は増加傾向です。ただ、加齢ばかりでなく、飲酒や睡眠不足も心房細動のリスクを高めるため、現役世代も要注意です。世界規模の研究によれば40代以上の男性が生涯で1回以上心房細動を経験する確率は25~30%とされています。

【森川】もし、脳梗塞などになれば、自分だけでなく家族にも負担をかけることになり、仕事にも支障を来します。今は、スマートウオッチなどで心拍数や不整脈の兆候をチェックすることもできますから、体からの小さなサインを見逃さない、“気のせい”で済ませないことが大事だと自戒も込めて感じます。

心房細動は“治す”時代へ

【里見】心房細動が繰り返し起こり、特に脳梗塞のリスクが高い場合、薬物治療が選択肢の一つです。しかし、薬を飲み続けることは患者さんの負担となり手間もかかる。そうした中で、大きな役割を果たしているのがアブレーション治療です。カテーテルという細い管を足の付け根の血管から心臓まで通し、原因部位を直接処置します。

森川智之(もりかわ・さとし) ボストン・サイエンティフィック ジャパン株式会社 代表取締役社長

医療機器業界において豊富な経験と実績を積んだ後、2019年ボストン・サイエンティフィック ジャパンに入社。リズムマネジメント事業部長、副社長兼インターベンショナル・カーディオロジー事業部長などを経て、22年より現職。

【森川】不整脈や脳梗塞を抑えるのではなく、心房細動そのものを“治す”ことを目的とした治療といえますね。

【里見】はい。アブレーション治療は2000年頃から急速に普及し、すでに日本でも一般的な治療法として確立しています。近年最も技術的進化があった治療領域の一つといえるでしょう。

【森川】中でも注目されているのが、パルス電場で心筋細胞に微細な穴を開け、細胞死を誘導する「パルスフィールドアブレーション(PFA)」です。従来の熱や冷凍による方法と異なり、手術における課題を克服しています。当社でもこの先進技術の普及に取り組んでいます。

【里見】熱などによる処置では、治療部位周辺の食道や横隔神経に影響が出ないよう、細心の注意が必要でした。まれに重篤な合併症につながることがあるためです。実際にPFAを使ってみると、心筋細胞だけを狙って処置しやすく、術者のストレスも大幅に軽減されました。

【森川】3Dマッピングシステムと組み合わせれば、カテーテルの位置や処置履歴も可視化され、安全性と効率がさらに高まります。すでに、世界中で治療の質が変わりつつあります。PFAシステムは21年に欧州で使用されて以来、世界65カ国以上で承認され、50万件以上の症例実績があります。120件以上の論文で有効性や安全性が報告されており、科学的裏付けのある革新的技術です。日本でも導入が進み、心房細動治療のゲームチェンジャーとして期待されています。

【里見】私の患者さんでも術後に熱が出たり、患部が痛んだりという話は聞きません。PFAは医師にも患者さんにもメリットがあり、今後、間違いなくスタンダードな治療法になっていくと考えています。

医療技術を必要な人に届ける“つなぎ役”となることも役割

【森川】ボストン・サイエンティフィックは、ミッションの中で「革新的な治療法を提供し、患者さんの人生を実り多いものにする」とうたっています。実現には医療従事者の皆さんとの協働も不可欠で、医療の未来を創るパートナーとして現場の課題をつかみながら、日々、解決に向けて挑戦を重ねています。

里見和浩(さとみ・かずひろ) 東京医科大学病院 循環器内科 主任教授 不整脈センター センター長

1994年山梨医科大学卒業。国立循環器病研究センターでの勤務、ドイツ・ハンブルク St.Georg病院留学を経て、2013年より現職。専門領域は不整脈に対するカテーテルアブレーション、デバイス治療および薬物治療。

【里見】テクノロジーが医療の中で果たす役割は、これからさらに大きくなります。その意味では、医師とは視点が異なる企業の方との交流は、私たちにとっても重要で、これまでにない発想につながると感じています。

【森川】心強いお言葉です。当社は「One Cardiology」というコンセプトの下、循環器領域において診断から治療まで一貫したソリューションを提供しています。ただ、いかに高度な技術であっても、現場で生かされてこそ価値が生まれます。我々は宮崎県にトレーニングセンターを設けており、医療従事者の皆さまに当社の最新機器を実際に使っていただける環境を整えています。優れた技術を必要とする人へ届ける“つなぎ役”となること──それも私たちの重要な使命です。

【里見】心房細動一つをとっても、解決すべき課題はまだたくさんあります。医療現場のニーズをきちんと伝えることで、テクノロジーの進化やより良い治療の実現、そして患者さんのQOL(生活の質)向上に貢献できればと思います。

【森川】心房細動は現役世代でも軽視は許されません。気になることがあれば医療機関にご相談いただきたい。小さな一歩が、自分だけでなく、大切な人を守ることにもつながるはずです。

【里見】健康に自信がある人ほど「自分は大丈夫」と“正常性バイアス”に陥りがちです。ただ、心房細動は自覚症状がない場合もあるため、自分の脈拍などを正しく知ることがまず大切です。その中で、何か変調を感じたら、迷わず医療機関を受診してください。

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