スイスで人口に上限設ける国民投票 「日本になりたいか」と反対論も
現場から
世界でも有数の経済的な豊かさを維持してきたスイスで14日、憲法で人口の上限(キャップ)を1千万人に制限するかどうかを問う国民投票が実施された。異例の動きはなぜ起きたのか。
スイス最北端のシャフハウゼン。初夏の清涼な風が吹く週末の旧市街の広場を人々が行き交う。
「子どもたちのために安全な国を望むなら、賛成票を投じて」
6日午前、通りがかりの親子連れにそう声をかけたのは、右派スイス国民党(SVP)の地方議員マリアーノ・フィオレッティさん(57)だ。
街頭でスイスの人口を1千万に制限する国民投票での賛成を呼びかけるSVPシャフハウゼン州議会議員のマリアーノ・フィオレッティさん(右)=2026年6月6日、スイス・シャフハウゼン、西尾邦明撮影議会で主要政党のSVPは、「持続可能イニシアチブ(憲法改正への発議)」として国民投票の実施を主導してきた。
狙いは、移民の流入を抑えることだ。国内の人口はこの12年間で100万人ほど増え、915万人に。その多くを移民が占め、早ければ34年にも1千万人に達するとの予測もある。
スイス政府の統計局によると、1人の女性が一生の間に産む見込みの子どもの数(合計特殊出生率)は24年に1.29となり、統計を取り始めてから過去最低だった。他の欧州の国と同じように、スイスでも少子化で不足する労働力を移民が担ってきた。
だが、フィオレッティさんは「人口が急激に増えたことで、家賃は上がり、道路は渋滞するようになった。3年前には駅前で移民による殺人事件も起きた。高齢者は夜に外を出歩けなくなった」と訴える。
9歳の娘と話に耳を傾けていたザビーネ・レプザーメンさん(36)は、「移民が低賃金で働くので新しい仕事が見つからない。経済が好調と言われても実感がない」とこぼす。
SVPの事務総長で経済学博士でもあるエンリケ・シュナイダーさんは「経済全体は拡大したが、企業は安価な労働力に頼り、イノベーションや生産性向上はおろそかになった。物価とインフレへの圧力が増し、人々が豊かさを感じられていないのが現実だ」と指摘する。
反対派「労働力不足に」
国民投票の人口制限案が可決されれば、50年まで人口が1千万人を超えてはならないと憲法で規定。950万人を超えた時点で外国人の居住申請を厳格化し、1千万人を超えたら人の自由な移動を認めるEU(欧州連合)との協定を破棄する方針という。
このため、他の主要政党や経済団体、労働団体はこぞって「カオスのイニシアチブ」と反発。「企業や病院が深刻な労働力不足になり、EUへの輸出も滞る」と主張する。高齢者を支える労働人口の減少は年金制度への影響も避けられない。
ポテトチップスを食べながら人口1千万人に制限する案の問題点を話し合うイベントを開いたマラ・ボラーグさん(左)ら=2026年6月6日、スイス・チューリヒ、西尾邦明撮影最大都市チューリヒの公園で反対集会を開いたソーシャルワーカーのマラ・ボラーグさん(41)は、「社会の最も弱い人々を攻撃し続けるような国であってほしくない。住宅不足は外国出身の裕福な駐在員らが増えたことなども理由にある。SVPは複雑な問題を単純化し、その責任を移民に押しつけている」と訴える。
トルコから18年前にクルド人難民として逃れて来たデニス・オクメンさん(42)は「この国で働き、税金や社会保険料を納めている。トルコ出身だけど、スイス人だと名乗っている」と話した。
ただ、世論調査では賛成45%、反対52%とほぼ拮抗(きっこう)。人口の増加による住宅不足や犯罪が増えるのではないかとの懸念が強いことを示している。
スイス東部グラールスで2026年5月18日、人口を1千万人に制限するかどうかを問う国民投票を前に、「私たちが愛するものを守ろう」とのメッセージが掲げられていた=ロイターベルン大学のショーン・ミュラー講師(政治学)は「人類の歴史上、人口に上限(キャップ)を設けた国は存在しない」としたうえで、「もし可決されれば、欧州や先進国で右派ポピュリストと呼ばれる政党が触発され、同じことを要求することになりかねない」と懸念する。
「日本のようになりたいのか?」
今回の国民投票をめぐる議論…
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この記事を書いた人
- 西尾邦明
- 欧州総局|経済担当
- 専門・関心分野
- 金融・財政、原発・エネルギー、AI・テクノロジー