中国のアンビバレントなクラウドストレージ事情(ZDNET Japan)
中国は依然として海賊版問題に悩まされている。ソフトウェアの問題はオンライン化によって幾分改善されたものの、ドラマや映画などの映像コンテンツに関する被害は深刻であり、配信された瞬間に海賊版が出回る状況が常態化している。劇場公開中の人気映画の高解像度版がわずか数元(1元=約23円)で販売されたり、新作ドラマの配信開始から数分でウォーターマーク(透かし)が消された動画が登場したりする状況にある。 その海賊版流通の温床となっているのが、百度(バイドゥ)や阿里巴巴(アリババ)が提供する「網盤(ワンパン)」と呼ばれるクラウドストレージサービスだ。 中国の大手動画プラットフォームや業界団体である中国電視劇制作産業協会が行った調査によると、海賊版ドラマや映画ファイルへのリンクの6割以上がクラウドストレージ上に存在し、海賊版の被害が最も深刻なプラットフォームとされている。 例えば「淘宝(タオバオ)」などの純粋なECサイトや、「小紅書(RED)」のようなSNSを主体としたECサービスでも無数の海賊版が販売されており、業者がクラウドストレージにファイルをアップロードした後、購入者にリンクとパスワードを送信する仕組みとなっている。 当然ながら中国にも著作権法が存在し、海賊版の流通は違法だ。しかし、クラウドストレージ運営企業は、ストレージサービスプロバイダーとして権利者から通知を受けた際にリンクを削除すれば、著作権侵害の責任を免れられるという主張を続けてきた。 確かに通報があれば削除されるものの、対応に時間がかかる上、削除したとしても同じ作品が別のアカウントから再度アップロードされるという、いたちごっこの状況が続いている。 広く普及しているサービスであるため便利な検索機能も存在するが、問題のあるファイルを見つけ出すことには多大なコストと時間を要する。それでも、中国国内に権利者がいる動画コンテンツは取り締まりの対象となるだけまだ状況は良い。日本のポルノ作品を含むさまざまなコンテンツも多数流通しており、そうしたコンテンツを好むユーザーのサイトに多数のリンクが投稿され、容易にダウンロードできる状態になっている。 かつて百度は、海賊版の音楽ファイルへのリンクを提供し、無料で音楽が聴けるサービスを堂々と展開していた時期があった。当時、同社は「あくまで生成されたリンクから音楽が聴けるプラットフォームを提供しているだけであり、個別の著作権侵害事案には関与していない」という態度をとっていたが、現在のクラウドストレージを巡る状況はこれによく似ている。 仮にアップロードされたものが反政府的なコンテンツなど、中国において政治的にセンシティブなものであれば即座に削除するはずであり、海賊版を放置しているということは、実質的に黙認していると言っても過言ではない。 国家版権局や司法機関はクラウドストレージ運営企業に対し、より積極的な監視とフィルタリングを求めているものの、最近でも問題視されているように、当局の目標と現場の実態との間には依然として大きなギャップが存在する。 そもそも、中国のクラウドストレージは、米国から独立した独自のインターネット環境において特異な立ち位置を築いている。クラウドストレージは海賊版問題の温床となっている一方で、中国のネット生活においては、仕事や学業において欠かすことのできない重要なインフラとなっている。 調査会社のiiMediaによると、2024年時点で中国における個人のアクティブユーザー数は約4億人に上り、非アクティブユーザーを含めると、百度網盤だけでも8億人を超えるという。その用途を見ると、最大の利用目的は「動画の視聴と保存」であり、ユーザーの約6割がドラマ、映画、バラエティ、アニメなどの動画コンテンツを網盤に保存している。次いで多いのが、写真や文書、学習資料などのバックアップや共有である。つまり、中国で「クラウド」と言えば、まずは「動画を見る場所」という認識が強い点が大きな特徴である。 他方で、学習資料をまとめて共有するといった、健全な使われ方も普及している。例えば、最新のAI活用に関する資料がまとめられて配布されたり、大学院入試のコミュニティーにおいては、過去問や模擬試験、予備校の講義動画、さらには先輩のノートや志望校別の対策資料などを網盤にアップロードし、後輩の受験生に一括して提供する文化が根付いている。 このように無料で資料を配布する網盤へのリンクは、SNS上でも多数見つけることができる。また、「WeChat」や「QQ」などのクローズドなグループチャットでは、学校の授業の録画、社内研修動画、趣味サークルの資料、子どもの学習プリントなどが日常的にクラウドストレージにアップロードされ、ファイルへのリンクとパスワードが共有されている。クローズドなSNSにおいては、「伝達事項はここを見よ」と言わんばかりに、リンクとパスワードのみが投稿されることも珍しくない。 変わった使い方としては、2人の写真アルバム、手紙のPDF、お気に入りの楽曲のプレイリスト、手作りの動画などを1つのフォルダにまとめ、意中の相手にリンクを送るという「告白ツール」としての活用事例もある。 それほどまでに、中国においてクラウドストレージは単なる「あれば便利」というレベルではなく、「巨大ファイルの入り口はSNSであり、その実態はクラウドストレージである」という、「なくては生活に支障をきたす」ほどの必須サービスだ。 生活、学習、娯楽に関するあらゆるデジタルコンテンツをクラウドストレージに集約し、SNSやECサイトを通じて放出し、流通させる。こうしたインターネット上の習慣が背景にあるため、大量の本、音楽、画像、ゲーム、映像などがタダ同然で配布されてしまうのだ。このような活用方法は、配信プラットフォームとストレージが比較的分離している欧米や日本と比べると、極めて中国独自のネット文化であると言えるだろう。 つまり、「網盤=危険なサービス」というわけではなく、「網盤を前提として構築された海賊版・違法コンテンツのエコシステム」が強固であるため、そこで何を行うかによってユーザーのリスクが大きく変わるというのが現状である。クラウドストレージは、中国のコンテンツ産業にとって3000億円を超える損失をもたらす“悪の配信インフラ”である一方で、一般ユーザーにとっては生活、学習、娯楽に欠かせないインフラでもあるという、極めてアンビバレント(相反する気持ちを同時に持つこと)な存在となっているのだ。これは、日本を含む外国人が利用する際にも忘れてはならない前提条件と言える。 では、日本人を含む外国人が中国のクラウドストレージを利用することに法的な問題はないのだろうか。結論から言えば、「サービスとしてのクラウドストレージを利用すること」自体は違法ではない。しかし、そこで扱うコンテンツの内容や共有の仕方によって、リスクは大きく変動する。 特に中国国内に居住・滞在し、中国のSIMカードやIPアドレスを用いてインターネットに接続している場合、外国人であっても中国法の適用を受ける点に変わりはない。海賊版コンテンツを大量に収集して配布する側が処罰されるケースが多く、個人が1つや2つのファイルを入手した程度で罰せられるケースは、ニュースとして報じられることは少ない。ただし、政府にとって政治的にセンシティブなコンテンツをダウンロードして百度網盤に保存し、削除せずに保持し続けた行為によって有罪と認定されたケースも存在する。したがって、クラウドストレージを活用する場合は、こうしたリスクを避けた安全な範囲で利用することが求められる。 山谷剛史(やまや・たけし) フリーランスライター 2002年から中国雲南省昆明市を拠点に活動。中国、インド、ASEANのITや消費トレンドをIT系メディア、経済系メディア、トレンド誌などに執筆。メディア出演、講演も行う。著書に『日本人が知らない中国ネットトレンド2014』『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』など。