「米国売り」は間違い、好調な米国債相場が示す-日本や欧州よりまし

米国でトランプ政権2期目が発足して以来、世界の債券市場における米国の優位性に対する疑念が繰り返し示されてきた。

  関税の大幅引き上げや減税、拡大する財政赤字、さらには連邦準備制度理事会(FRB)への絶え間ない批判で、ウォール街では不安の連鎖が広がり、多くの関係者が同じ警鐘を鳴らした。つまり「Sell America(米国売り)」だ。

  それでも、投資家は米国債への資金投入を続けている。借り入れコストが低下し、リターンは上昇。悲観的な予測はこれまでのところ現実化していない。実際、約30兆ドル(約4620兆円)規模の米国債市場では相場が年初来で約6%上昇しており、2020年以来の好調な年となる勢いだ。

  米国債の強い需要が続いている理由は幾つかある。まず、企業が関税コストを全て消費者に転嫁していないため、インフレ率はおおむね抑制されている。

  関税収入に加え、連邦政府職員の大幅な削減が財政赤字の縮小に寄与している。さらに、連邦公開市場委員会(FOMC)は9、10両月に利下げを実施。景気の下支えとなり、今後も追加利下げが見込まれている。

  もう一つ重要なのは、債券投資家から見て米国が依然として最もましな選択肢に映っている点だ。

  TCWグループのルーベン・ホヴハニスヤン氏やPGIMフィクスト・インカムのロバート・ティップ氏、パシフィック・インベストメント・マネジメント(PIMCO=ピムコ)のダニエル・アイバシン氏ら投資家によれば、主要7カ国(G7)の中で債務膨張や財政赤字、政治的機能不全に苦しんでいるのは米国だけではない。

  他の主要中央銀行はすでに利下げサイクルの終盤にあるか、日本のように利上げに向かう可能性もある。その中で米国はいまだに世界最大かつ最も流動性の高い債券市場だ。

  ホヴハニスヤン氏は「他の選択肢を見ても、それぞれ固有の問題を抱えている。『一番きれいな汚れたシャツ』という例えが非常に的確で、明確な代替先は存在しない」と語った。

  こうした状況は、トランプ政権の主張をある意味で正当化している。「米国第一」政策によって、製造業を再活性化させ、景気を刺激しつつインフレを招かず、さらに国の利払い負担も軽減できるとうたってきたからだ。

  ベッセント米財務長官は今年、米10年国債利回りの低下を公約。先月には懐疑派に対して「市場リスクはどこにあるのか。 彼らはずっと間違っていた」と反論した。

トランプ政権は「米国第一」政策が製造業を復活させると主張

  より懸念されるのは、トランプ大統領の通商政策がリセッション(景気後退)を招くリスクをはらんでいるからこそ、米国債の需要が高まっているという点だ。加えて、労働市場の軟化を背景に、インフレが再び連邦準備制度を悩ませ、債券市場に逆風となる可能性もある。

  パウエルFRB議長は先週の利下げ後、12月の追加利下げが「既定路線」との見方を強く否定し、米国債の売りを誘発した。

2025年のサプライズ

  2025年に入ると当初、債券投資家にとって米国に対して悲観的になる要因が多かった。トランプ大統領が掲げる成長促進と減税の公約は財政赤字拡大につながり、国債発行の増加や消費財価格の上昇につながるとの見方から利回りが急上昇した。

  さらに4月、トランプ氏が発表した強硬な関税政策によって、貿易戦争が外国人投資家の米国離れを引き起こすとの懸念も浮上した。

  向かい風は残っている。関税収入は月額約300億ドルに達しているが、米国の年間ファイナンス需要は依然として1兆5000億ドルを超える。

  加えて、これらの関税が最高裁判所で違憲と判断されるリスクもある。11月5日に合法性を巡る審理が予定されている。

   利付国債の投資家にとって最大の懸念であるインフレも、依然としてリスク要因だ。セントルイス連銀の調査によると、企業が関税引き上げ分を消費者に転嫁した割合は現時点で約35%にとどまっている。

  ドルの動向も問題だ。ドルは数十年ぶりの大幅下落に見舞われており、ドル安は現地通貨ベースでの投資収益を押し下げる。米国債の約30%を保有する海外投資家にとって、これは警戒すべきシグナルと言える。

これまでのところ、企業は関税引き上げ分の約35%しか消費者に転嫁していない

  米政府の一部閉鎖も経済の先行きを不透明にしており、公式統計の発表が再開された際には予期せぬ悪材料が明らかになる恐れもある。

  バンガードのファンドマネジャー、ジョン・マッツイレ氏は「もし景気の再加速や財政不安、米連邦準備制度の独立性に対する懸念が再燃すれば、その時こそ債券にリスクが生じ、利回りが急上昇する局面となる」と述べた。

ドル安

  もっとも現時点では、海外からの資金流入が続き、米国債利回りが低下している。7月時点で外国勢による米国債保有額は過去最高の9兆2000億ドルに達した。ただし、投資家の間ではドル安へのヘッジを進める動きも見られる。

  ベッセント氏も、長期金利の抑制によって市場を支えている。就任前、同氏は当時のイエレン財務長官が財務省短期証券(Tビル)を中心に政府資金を調達していた方針を批判し、選挙前に景気を刺激するため、長期の借り入れコストを人為的に低く抑えようとしたものだと指摘していた。

  しかし、ベッセント氏は就任以後、同様の手法を採用。この動きが長期の借り入れコストへの圧力を和らげる助けとなっている。投資家が長期国債を保有するリスクに対して追加的に求める補償を示す指標「タームプレミアム」は、米10年国債で4月以来の低水準近辺となっている。

   ウォール街の債券ディーラーらは、財務省が5日に発表する四半期の国債発行計画で、資金調達構成をより短期債中心に傾ける方針を示唆すると見込んでいる。

  PGIMフィクストの投資担当チーフストラテジスト兼グローバル債券責任者であるティップ氏にとって、米国は依然として他の先進国経済に比べて優位に立っている。

  「米国の環境は混乱しており異例だ。数字を見れば、市場のストーリーは実際の価格動向とかみ合っていない」と分析しながらも、「米国例外主義が終わりを迎えつつある中でも、米国債は十分に競争力があり、海外資金を引き付けている」と話した。

米国の債券市場、依然として他の先進国経済と比較して優位にある

   実際、米国の10年物国債利回りは、今年これまでにG7の中で最も大きく低下している。米国の地位を巡る議論の中心となってきた30年物の国債でも、主要国の中で利回りが下がったのは米国だけだ。

日独仏

   日本とドイツ、フランスでは、放漫財政への懸念を背景に長期金利が最も大きく上昇した。欧州一の経済大国ドイツは、防衛費とインフラ投資を拡大するため、財政規律を緩和した。

  フランスは財政悪化を反映して格下げに見舞われている。日本では超長期金利が過去最高水準まで急上昇した。

  もちろん、米国も今後数年間にわたり巨額の債務と財政赤字という重荷に直面し続けるが、利回り低下により利払い費の増加ペースは鈍化している。   

  金融政策も米国に有利に働いている。エコノミストによると、欧州中央銀行(ECB)は利下げをほぼ終えた一方、日本銀行は引き締めに動く公算が大きい。

  その一方で、パウエルFRB議長が12月利下げへの期待を抑えた後でも、市場ではFOMCが来年9月までに3回の利下げを実施するとの見方がまだ織り込まれている。

  ピムコのアイバシン氏は、米国で金利が低下し経済の不透明感が高まる中で、現金を保有しているリスク回避的な投資家が米国債に資金を移すだろうと想定。

  FOMCが緩和に動く中で、「経済の信用リスクが上昇する一方、キャッシュの利回りが低下するという状況が生じている」とし、「リスクが高まり、利回りは下がる。それが高格付け債を支え続ける要因になり得る」と同氏は語った。   

  ファンドマネジャーたちは、さまざまな要因が交錯する市場環境の理解に苦しんでいる。

   ブルームバーグが10月30日時点のデータを基にまとめたところ、米債券市場全体を対象とするブルームバーグUS総合指数に連動し、運用資産が10億ドル超の米国アクティブ債券ファンドのうち、同指数を上回る運用成績となったのは約62%にとどまった。これは22年の急速な米利上げ以来、最も低い比率だ。

  コロンビア・スレッドニードルは、市場が悲観ムードに包まれ利回りが上昇していた局面で、償還期間5年を超える米国債への投資を選んだ運用会社の1社だった。

   同社の債券マネジャー、エド・アルフセイニ氏は「年初に財政赤字やインフレ指標、関税について非常に悲観的な見方をしていて、1月に5%の米国債利回りをショートしていたとすれば、現在4%に低下している状況では少し残念に感じるだろう」と述べた。「かなり良好なパフォーマンスを逃してしまったことになる」という。

原題:Treasuries Rally Is Proving Trump’s ‘Sell America’ Critics Wrong(抜粋)

— 取材協力 Alex Harris and Ezra Fieser

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