圧倒的に美しい映像と音で魅せる。高橋一生が誘う「岸辺露伴」の世界
荒木飛呂彦の漫画『ジョジョの奇妙な冒険』のスピンオフ『岸辺露伴は動かない』。5年前から高橋一生さん主演でドラマシリーズがスタートし、一昨年には映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』が大ヒット。劇場版第2弾『岸辺露伴は動かない 懺悔室』が公開される。
── 「懺悔室」は『岸辺露伴は動かない』の中でも最初に描かれたエピソードだそうですね。
そうなんです。ドラマのシーズン1の頃から「懺悔室」はどう実写化するのでしょうね? という話題は度々出ていた気がします。短いお話なので、マリアという少女の物語がここまで膨らむとは思いませんでした。映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』は奇しくも露伴のルーツに迫るお話でしたが、『懺悔室』では傍観者。他者の物語に巻き込まれていく。自分の身に飛びかかる火の粉を振り払おうと対処していく物語になりました。
── 今回は、全編ヴェネツィアで撮影されたのだとか。
ひと月の間、ほぼ生活していました。食事もほとんど自炊。撮影中盤を過ぎた頃に日本食が恋しくなって生姜焼きを作ったのですが、全然美味しくならない(笑)。キャベツが硬くて千切りできませんでした。夕方には撮影が終わる日が多く、夜に撮影がある日は昼間にカフェに行って、その後仕事に行くような生活でした。
── 日本にいる時よりもゆったりしたスケジュールですか?
大分ゆったりしていました(笑)。今回、イタリアのスタッフの方々も大勢入ってくださったのですが、イタリアでは労働時間が決まっているそうです。一度、朝から撮影してどうしても夜も撮影しなければならなくなり、夜の部は日本人スタッフのみになりました。ヴェネツィアは広くないので、移動中にイタリアのスタッフの方々がバーで食事をしているのに遭遇し「一生たち、頑張ってね!」と明るく手を振ってくださった。あんなに清々しいことはなかったです(笑)。食事を楽しんでいらしたことが嬉しかったですし、メリハリの利いたプロフェッショナルな働き方が日本にもいい影響を与えてくれるといいなと思いました。
── 前作のルーヴル美術館や今回のヴェネツィアなど、歴史ある場所で違和感なく露伴の世界を描けるのはなぜだと思いますか?
脚本や演出、衣装等のビジュアルなど、総合的な力によると思いますが「フィクションであることに嘘をついていないから」のような気がします。現実と地続きの物語だったら、人物の背景に齟齬がないようテクニカルな作業が必要になるかもしれませんが、作り物であることからスタートしているので、リアリティをつけやすいのではないでしょうか。露伴の世界はフィクションとして完成していて、現実世界に存在できるくらい物語性が強いのかなと思います。
── 原作の露伴のポーズをさりげなく入れたり、高橋さんは魅せるところとリアルなお芝居を絶妙なバランスで演じておられます。
例えば、台本ではそこまで怒っているようには書かれていないのに怒ってみる、ということをしていました。脚本の(小林)靖子さんがこれまで書いてこられた露伴像があるので、咄嗟に実験してみても、「これも露伴」と思える。監督の(渡辺)一貴さんもカメラの山本(周平)さんたちもそういう時は「また露伴が始まった!」というふうにニヤニヤしながら見ておられました。
── 「露伴的かどうか」の判断の幅を広げていらしたのですね?
その時どきの感覚というものをすごく投影していたように感じます。最近は現実社会でも「自分はこういうキャラクター」と、人格を一つに統合しなくてはいけない空気が広がっている気がします。でも、本来は学校や職場と家で見せる顔は違うはずだと思うんです。露伴は完璧な部分と、全くもって大人げないダメな部分、両方を併せ持っています。それでも「それは露伴じゃない」とならないのは、飛呂彦先生が一人の人間の中に、人格のブレが存在する面白さを描いていらしたからだと思います。
── 露伴は対峙相手のこともリスペクトするところが素敵です。
敵に対して敬意を抱いていたり、自分の身に起こってほしくないことに対しても「自分に体験をさせてくれた物事」と捉えている、理想的な漫画家ですね。露伴は軸がブレないから、何事も受け止められる強さがあるのでしょう。
── もはやジャパンエンタメを代表するシリーズではないですか?
ここまで息の長いシリーズになったのは、原作の力と、様々な分野の突出した才能が集まってくださり、高い志を持って作ってきた結果だと思います。想定以上のことを実験しながらフィクションを作り上げていく過程は充実していますし、いい体験をさせていただいているなと毎回感じます。
── 高橋さんがジャパンエンタメに対して「ここは譲れない」と思っていることはありますか?
反対に譲りきってみたらどうなるのだろう? と思うことがあります(笑)。理想にはなかなか届きませんが、消費されてしまう作品が数多くあるなか、志ある方々と何年後も残り続けるような作品を作っていくことが、日本の娯楽に対して必要なことではないかなと信じてやっています。
高橋一生
たかはし・いっせい 1980年12月9日生まれ、東京都出身。ドラマ、映画、舞台などで幅広く活躍する。NODA・MAP『フェイクスピア』(’21年)で第29回読売演劇大賞最優秀男優賞など受賞多数。連続ドラマW『1972 渚の螢火』(WOWOW)が秋に放送予定。
『岸辺露伴は動かない 懺悔室』
ヴェネツィアの教会で、仮面をかぶった男の恐ろしい懺悔を偶然聞いてしまった岸辺露伴。男は「幸せの絶頂の時に“絶望”を味わう」という呪いをかけられていた。露伴は「ヘブンズ・ドアー」という特殊能力で男の記憶を読み、自分にも「幸福になる呪い」が襲いかかっていることに気づく。5月23日全国公開。Ⓒ2025「岸辺露伴は動かない 懺悔室」製作委員会 ⒸLUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社
anan2445号(2025年4月30日発売)より