経済効果は約600億円に…イタリア政府代表が今だから語る大阪万博でダ・ヴィンチら国宝級美術品を揃えたワケ(プレジデントオンライン)
イタリア政府の大阪・関西万博への熱の入れようは、他国を圧倒している。イタリア美術の傑作を多数展示するだけでなく、有名指揮者や名歌手の招聘も行っている。なぜここまで万博に力を入れるのか。大阪・関西万博イタリア政府代表のマリオ・ヴァッターニ氏に、評論家の香原斗志さんが聞いた――。 【写真】国外に出ること自体が異例というイタリアを代表する画家の超大作 ■なぜイタリアはこんなにも万博に本気なのか 2015年のミラノ万博を取材した際、和食をテーマにした日本館が一番人気で、8時間待ちが当たり前の大混雑だった。それから10年、今度は大阪・関西万博でイタリア館が圧倒的な人気を誇り、最長8時間30分もの待ち時間が発生している。 日伊が交互に「1番」を競っているのは、偶然なのだろうか。ともかく早い時期から、今回のイタリア館は力の入り方が、ほかの国のパビリオンと比較にならないと聞いていた。なぜ、どのように力が入っているのか。謎を解明するためにも、一度訪れなければならないと思っていた。そして「どうせ訪れるなら」と思い、9月12日のイタリア・ナショナルデーを選んだ。 順番が前後するが、この日の18時にイタリア館ではなく、1600人収容できるEXPOホール「シャインハット」で開演されたコンサートから紹介したい。 「偉大なるイタリアオペラ、人類の文化遺産」と名づけられたコンサートの演奏をしたのは、フランチェスコ・イヴァン・チャンパ指揮のローマ歌劇場管弦楽団だった。私は曲がりなりにもオペラを中心にクラシック音楽の評論もしているので、その名にはとても馴染みがある。要は、首都ローマの歌劇場から数十人のオーケストラを、たった2回のコンサートのために(同じ内容のものが前日にも開催された)、日本に招聘してしまったのだ。イヴァン・チャンパも、ヨーロッパの主要劇場に頻繁に招かれている有名指揮者である。
■パビリオンのモデルになった絵画 歌手のソリストもすごかった。コンサートで歌ったのは、アナスタジア・バルトリ(ソプラノ)、ルチャーノ・ガンチ(テノール)、ルーカ・ミケレッティ(バリトン)の3人。 私は一昨年、『魅惑のオペラ歌手50 歌声のカタログ』(アルテスパブリッシング刊)という本を上梓した。そこでは、私が21世紀になって生で聴いたオペラ歌手から、すぐれた50人を厳選して論じており、バルトリとミケレッティはそのうちの2人。名立たる名歌手をイタリア・ナショナルデーのために、わざわざ日本に呼んでしまったのである。 この日は、私は行けなかったが、午前11時からもミラノ・スカラ座のバレエ団を招聘してのパフォーマンスが繰り広げられた。 臨時のイベントにこれだけ力を注ぐのだから、万博期間中の常設の展示には、どれだけの力こぶが入ることか。まずパビリオンが凝っている。 巨匠ラファエロが生まれたウルビーノという町にある壮麗な公爵宮殿(現・国立マルケ美術館)には、ルネサンス期に描かれた印象的な絵がある。題して「La Citta' Ideale(ラ・チッタ・イデアーレ)」(理想都市)。広場の中央に床面積が円形の宮殿が建ち、周囲には高さがそろえられた建物が、左右対称に配置されている。描かれた都市景観自体がシンメトリー(左右対称)だが、それを描いた絵も徹底的にシンメトリーで、正確な透視図法(ある1点を視点に定め、物体を人間の目に映るのと同様、近くを大きく遠くを小さく描く画法)で描写されている。 イタリアのパビリオンはこの絵をモデルにしている。未来に向けて世界をしっかりと把握し、美しさを維持していこうという強い意志が込められているかのようだ。 ■国宝級の傑作がズラリ その中に展示されている美術品のレベルが尋常ではない。まず、ナポリの国立考古学博物館の所蔵で、ローマ帝国時代(2世紀)の彫刻である「ファルネーゼのアトラス」。天球を背負う巨神の像で、これをイタリア館の展示の中心に据えたのは、未来に向けて地球を背負っていかなければならないという、責任と覚悟を訴えようとしたのだろうか。 彫刻では、若々しいキリストが右手に十字架を掲げるミケランジェロの「キリストの復活」も展示されている。これを置くことで、アトラスが背負う地球に、復活による救いと希望をもたらす姿を示そうとしたのかもしれない。 絵画ではなんといっても、ヴァチカン美術館所蔵のカラヴァッジョの「キリストの埋葬」だ。明暗の対比、動的な構図、まるで三次元のような空間のダイナミズムに圧倒されるこの絵も、ここにあると、世界の再生への願いが込められているように思えてくる。 ほかにレオナルド・ダ・ヴィンチの素描や、ラファエロの師匠ペルジーノの「正義の旗」なども鑑賞できた。「正義の旗」には、「理想都市」のようなシンメトリーによる調和がとれた世界が描かれている。これを展示したのは、世界の穏やかな調和に向けてのメッセージなのではないだろうか。 いずれの作品からも、イタリア館の強いメッセージが伝わってきたが、そういうことを考えなくても、それぞれの作品が国宝級で、たとえ1点だけでも美術展の目玉として多くの入場者を集めるレベルのものだ、という事実に驚かされる。