露の時代選ばぬ侵略の末路 日曜に書く 論説委員・斎藤勉

ネット監視団体代表、エカテリーナ・ミズリナ氏がテレグラムに投稿した、ロシア南部ソチで炎上する石油貯蔵施設の前で映像を撮影する3人(共同)

1983年夏、東京からソ連初出張で高級リゾート地、黒海沿岸のソチの国際空港に降り立った。昼食時で、われわれが空港の外で雑談中、監視役の若い女性がくたびれたカバンから堅そうなパン片を取り出して齧(かじ)っていたのが妙に印象的だった。周囲を巡ると、政財界や軍の高官の別荘という豪邸が立ち並び、「これが『平等社会』が建前の共産主義大国の現実か」とのっけから違和感を覚えたものだ。

あれから42年。プーチン露大統領が2022年2月から侵略を続けるウクライナが今年7月24日と8月3日、長距離ドローン(無人機)などで初めてのソチ攻撃に踏み切り、死傷者が出た。空港近くにあって港湾、鉄道、道路網に接続する石油大手ルクオイルの貯蔵基地などを狙ったらしい。

プーチン氏は14年、国威発揚を懸けてソチ冬季五輪を開いた。著名な反体制活動家、ナワリヌイ氏(昨年2月に獄中死)がネットで暴き、共産貴族も卒倒しそうな1500億円ともいわれる「プーチン宮殿」もある。そのソチ攻撃で面子(めんつ)丸つぶれのプーチン氏は急遽(きゅうきょ)、ソチでの休暇をとりやめた。地元の多くの市民はホテルの地下室などに緊急避難し、首都モスクワの主要空港も大混乱に陥った。

「蜘蛛の巣作戦」は続く

ウクライナの情報機関は今年6月1日、極東、シベリアからモスクワ近郊、さらに北西部・ムルマンスクまで露全土5カ所の空軍基地をドローンで一斉攻撃する特殊作戦を敢行した。核搭載可能な戦略爆撃機を含む多数の軍用機を破損させ、約1兆円もの損害を与えたとされる。

「ロシア領の深部に対する持続的、体系的な破壊戦略」で「蜘蛛(くも)の巣作戦」と呼ばれる。ソチ攻撃も作戦の一環で、ソチは「楽園」から一転、「危険な戦場の一部」と化した。露市民の「日常」を破壊し、反戦機運を高めたい思惑もある。

露軍の「夏季大攻勢」が取り沙汰されているが、プーチン氏にとっては、もう一つの「恥辱」も頭痛の種だろう。

プーチン氏は極東のウラジオストクに基地を置く海軍・太平洋艦隊の「第155海軍歩兵旅団」を「軍内でも最高の訓練と装備を誇る精鋭部隊」として侵略開始当初から6800キロも離れたウクライナの戦場に投入した。アゾフ海に面したマリウポリ占領の「戦功」に対しては「親衛隊」の名誉称号を贈った。だがもともと、ソ連崩壊後のロシア国内のチェチェン紛争や15年からのシリア内戦介入で、それぞれ反政府勢力に対する残虐な弾圧で悪名高かった。

精鋭部隊の「アザラシ戦法」

ウクライナでも侵攻直後、首都キーウ近郊での「ブチャの虐殺」に関わった。多くの無辜(むこ)の市民が路上で虫けらのように銃殺され、地下室では執拗(しつよう)な拷問の末、惨殺された。これほど明白な「戦争犯罪」の犠牲者は数知れない。

これに対する報復か。ウクライナは「蜘蛛の巣作戦」に先駆けて5月30日、ウラジオストクの155旅団の拠点を精密攻撃して人的、物的被害を出した。肉弾の人海戦術に頼る同旅団についてはウクライナとの激戦で、最近まで何度か「壊滅的被害」が報告された。7月には、ウクライナ側が手足を失った同旅団兵が戦場を這(は)う無残な映像をネットで流し、「プーチン誇りの部隊がアザラシ戦法」と皮肉った。

155旅団は日本の敵でもあった。ソ連の独裁者スターリンが1945年8月9日、日ソ中立条約を一方的に破り満州、南樺太、千島列島に侵攻すると、前年創設されたばかりの同旅団の前身の連隊は南樺太攻撃の加勢を命じられ、20日早朝、激しい艦砲射撃とともに西岸の真岡(ホルムスク)に上陸した。

ソ連兵が迫りくる恐怖と絶望の中で、真岡郵便局の女性電話交換手9人が「皆さん、これが最後です。さようなら、さようなら」と悲痛な言葉を残して集団自決した惨劇は映画『樺太1945年夏 氷雪の門』(1974年)で有名だ。

千島列島に含まれない日本固有の領土である北方四島は、8月25日に南樺太を奪取した部隊の一部も含むソ連軍が9月5日までに火事場泥棒的に次々と不法占領した。

第二次世界大戦からウクライナ戦争まで、露の非道な侵略は時代を選ばない。しかし、ドローンとロボット兵器の進化が顕著なウクライナに対し、負傷兵までこき使う露の軍事戦略には破綻が目立ってきた。(さいとう つとむ)

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