実際の「トランプ・ウォール」は“壁”というより“柱” 古市憲寿が現地で目の当たりにしたもの

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 トランプ・ウォールを見てきた。トランプ大統領が公約の一つとして掲げ、建設を進めたアメリカとメキシコ国境を隔てる壁である。「進撃の巨人」に出てくるような高くそびえ立つ壁をイメージしていたものだから、だいぶ印象と違った。ベルリンの壁とも違う。何せ「壁」と言いながら、実質的には「柱」や「柵」に近いのである。

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 僕がテキサス州で見たトランプ・ウォールは、高さ6メートルほどの鋼鉄製の支柱が連なったもの。オリンピック選手なら棒高跳びでギリギリ跳べそうだ。しかも向こう側、つまりメキシコがしっかりと見える。

 なぜトランプ・ウォールと呼ばれながら「柱」なのか。一つは警備上の理由からだという。本当に壁にしてしまうと、石や火炎瓶などによる奇襲があった場合、対応が遅れてしまう。国境警備隊がトランプ・ウォール建設にあたり、可視性を強く求めたのだという。またアメリカ南部の砂漠地帯では鉄砲水が発生することがある。災害リスクを考えると、水や土砂を逃がせる構造のほうが合理的だと判断された。

トランプ大統領

 そもそも「壁」を造り始めたのはトランプ政権が最初ではない。早くも20世紀初頭には有刺鉄線のフェンスが設置され始めていた。特に1990年代以降は不法越境を防ぐための障壁の議論が活性化、オバマなど民主党政権下でもフェンスの新設や補修は続けられていた。そのフェンスを「登れない、壊せない」巨大なコンクリートの壁にするというのが当初のトランプ・ウォール案だった。

イラスト・k.nakamura

 世界中が一瞬でつながる時代において、物理的な壁の価値が見直されたのは皮肉なものだと思う。だが結局はトランプでさえ、堅牢な「壁」の建設は断念した。この隙間だらけになった「壁」は優れて現代的だとも思う。

 実は国境沿いには高精度カメラ、ドローンなどを組み合わせたAI監視システムがあり、鋼鉄の柱は警備隊が到着するまでの時間稼ぎのようなものだという。ただのセンサーの一部なのだ。現代の「壁」は、鋼鉄だけではなく、電波とデータと共に構築される。

 昨年末、イランで革命寸前の抗議運動が起きた際は、政府が全力でインターネットを止めてしまった。衛星インターネットを利用するスターリンクでさえ、ほとんど使いものにならなかったという。

 スターリンクを運営するのはスペースXである。CEOはトランプの盟友(時々けんかする)であるイーロン・マスク。興味深いのは、恐らく彼が人類で最も早く「壁」を突破しようとする人物であること。火星に人類を送り込むことを本気で考えている。

 地球という「壁」を越え、約半世紀にわたり人類が足を延ばしてこなかった月をも越え、その先の火星へ行こうとしている。ハビタブルゾーン(生命居住可能領域)とは呼べない火星には何があるのか。トランプ・ウォールは今も建設が続く。その完成と人類の火星到達はどちらが早いか。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

「週刊新潮」2026年2月19日号 掲載

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