禁断のK-POPに挑む 脱北者加入のアイドルグループ始動へ
韓国ソウルのスタジオで、AFPとのインタビュー中にダンスを披露するK-POPグループ「1Verse」のメンバー(2025年3月6日撮影)。(c)Jung Yeon-je/AFP
【AFP=時事】北朝鮮で生まれ育ったヒョクにとって、子ども時代は生き延びることがすべてだった。禁止されていたK-POPを聴いたこともなかった。だが今、脱北した彼は韓国でアイドルとしてデビューしようとしている。
新しいK-POPグループ「1Verse」のメンバー5人のうち、2人は北朝鮮出身だ。孤立した核武装国・北朝鮮からやって来た若者が、世界的に注目されるK-POP界でスターになるための養成トレーニングを受けるのは初めてだ。
ヒョクの故郷は北朝鮮・咸鏡北道。10歳になる頃には仕事をするために学校を休み、「生きるために、盗みをしなければならなかったこともだいぶある」とAFPとのインタビューで語った。
「K-POPなんて、まったく聴いたことがなかった」とし、「ミュージックビデオを見たときは贅沢だと感じだ」と説明する。
「僕の人生は、生き延びることだけがすべてだった」というヒョクは、農作業からセメントの運搬まであらゆることをして、家族の食費を稼いでいたと振り返った。
しかし13歳のとき、先に北朝鮮から脱出して韓国にたどり着いていた母親から連絡があり、同様に脱北するよう説得された。
飢えと苦しみから逃れるチャンスかもしれないとは分かっていたが、朝鮮半島のもう一方の国については何も知らなかった。「僕にとって世界は北朝鮮だけだった。その外に何があるかなんて、思ってもみなかった」
「1Verse」のもう1人のメンバー、ソクも北朝鮮出身だが、彼の境遇はヒョクとは対照的だった。比較的裕福な家庭で育ち、家は国境近くにあった。そのおかげで、K-POPやドラマといった北朝鮮で厳しく禁止されている韓国のコンテンツに触れる機会があったとし、「密輸業者が違法に音楽を売買していた」と説明する。
ソクは姉の影響で幼い頃からK-POPを聴いたり、北朝鮮では貴重だった韓国人アーティストの映像を見ていたという。「クールな表情やスタイル、例えば髪型とか、着ているものなどを、真似したくてたまらなかった」
19歳のときにソクは脱北した。それから6年が経ち、今ではK-POPアイドルの雰囲気が漂うようになっている。
■スターの素質
ヒョクとソクは、新たに結成されたボーイズグループ「1Verse」のメンバーとしてスカウトされた。大きくはないがソウルを拠点とするレーベル「Singing Beetle」が初めて契約したアイドルグループだ。
同レーベルのミシェル・チョ代表取締役は、友人を通じて2人の若い脱北者と出会った。当時、工場で働いていたヒョクのラップを耳にした瞬間にその「天性の才能」にすぐに気づいたとAFPに語った。
「ラップの才能なんてまったくない」と言っていたヒョクに無料レッスンをオファーし、スタジオに招いた。彼はすぐにラップに夢中になった。チョ氏によると、ヒョクはやがて「音楽に賭けてみようと決心し」、事務所初の練習生となったという。
一方、ソクはヒョクとは対照的で「最初から自信と確信に満ちていた」といい、自身を売り込むことにも積極的だったと振り返る。
ソクは自分と同じ脱北者と一緒にトレーニングを受けると知ったとき、「もしかしたら自分もできるかもしれないという勇気をもらった」と話していたという。
■デビューは「すぐそこ」
「1Verse」のメンバーは20代の5人。北朝鮮出身のヒョクとソク以外は、中国系米国人のケニー、ラオス・タイ系米国人のネイサン、そして日本出身のダンサー、アイトだ。5人は互いの言葉はほとんど話せない。
だが、英語を勉強中のヒョクは、言葉は問題でないと言う。「お互いの文化についても学んでいる。少しずつ距離を縮めて、ギャップを埋めようとしている」
「僕たちは、驚くほど通じ合っている。言葉は完璧とは言えないけれど、それでも理解し合っている。時々、信じられないほどだって思う」
グループのメインダンサーを担う日本人練習生のアイトは、北朝鮮出身のメンバーとの対面に「ワクワクしていた」とAFPに語った。
「日本でニュースを見ていると、国際的な脱北者の問題がよく出てきて、全体的なイメージはあまり良くない」
だが、ヒョクとソクに出会ったときに不安は「すべて消えた」という。
そして今、5人のデビューは間近だ。
ヒョクとソクにとって、北朝鮮から韓国でK-POPデビューするまでの道のりは決して平坦ではなかった。だが2人は、「1Verse」を絶対成功させると決意している。
「自分の声で誰かを感動させたい。その気持ちは日に日に強くなっている」とソク。
ヒョクは、本物のグループの一員になったという実感をかみしめていると言い「本当に実感している。もうすぐデビューだって」と話した。
※記事内容は2025年3月27日時点の情報です。 【翻訳編集】AFPBB News