なぜ昭和時代の日本人はバリバリ働けたのか…仕事もプライベートも「がんばりたくない人」が増えているワケ【2025年8月BEST】 不安だらけで「燃える」よりも「備える」を優先する

その頃だって、「がんばりたくない」と思う人は、たくさんいたはずです。

もちろん「豊かになりたい」「生活を良くしたい」という個々人の願いもあったとは思います。でも、それだけでがむしゃらにがんばり続けられるものでしょうか?

そこにはもう1つ、大きな力が働いていました。

「規範的影響」という原理です。

規範的影響とは、社会心理学者モートン・ドイッチとハロルド・ジェラードが考え出した概念で、「好かれたい」「仲間外れにされたくない」という気持ちから、周囲に合わせてしまう心理のことです。

人間は生存に有利に働くよう、集団で生きるように進化してきた動物です。そのため、人とつながることに快感を覚えたり、「周囲に受け入れられたい」と自然に思ったりする本能があります。

また、仲間外れにされることを恐れる感情も持っています。私たちの祖先にとって、集団の一員でいることは食糧確保や身の安全に直結していました。そのため、こうした本能的な感情が進化の過程で発達したのです。

がんばっていない人は「悪」とする空気

日本が大きな経済成長を遂げていた当時は、一生懸命働くことが社会全体の「空気」となり、それが「暗黙の了解」として浸透していました。

写真=iStock.com/gyro

※写真はイメージです

誰かから直接命令されたわけではないものの、社会の“雰囲気”そのものが、人々を同じ方向へと自然に導いていたのです。

「みんなががんばっている」──それは、単なる個人の意思ではなく、規範的影響による、社会全体が生み出した大きな流れでした。

また、もともと日本は楽をするより苦労をすることが尊いとされる文化だったことも影響していそうです。

日本では、挨拶をするときに、欧米のように「自分はハッピーだ」「楽しんでいる」と伝えることは妬みの対象になることがあります。

「体のどこそこが痛い」「家族が大変だ」「仕事が忙しい」など、「自分は大変なんだ」と言わないと角が立つ、世界的に見ると不思議な文化圏なのです。

つまり、苦労していない人、がんばっていない人は「悪」とされがちなのです。


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さらにいえば、現状を維持する変化のなさは、安心の理由にもなります。

わかっていることを繰り返し行うことで、私たちの脳はその行動を自動化し、エネルギー消費を最小限に抑えようとします。

たとえば、毎晩歯磨きをしてから就寝することが習慣化されている人は、その一連の動作をほとんど無意識に行えるようになります。

この仕組みにも、脳の進化が関わっています。

旧石器時代において貴重だったエネルギーの節約は、現代の私たちにも生命維持に必要な本能として残っているのです。

人間を燃えにくくする、現代社会の構造的な要因がもう1つあります。

それが、「情報過多時代」の到来です。

アメリカの建築家リチャード・ワーマンは、著書『Information Anxiety』(Doubleday刊)で、ニューヨーク・タイムズの1日分の情報量は、17世紀の平均的なイギリス人が一生で得るものより多いと述べています。

また、アメリカの社会心理学者スタンレー・ミルグラムは、人間は大量の情報にさらされると、「過剰負荷環境」に陥りやすくなると指摘しました。

「とりあえずやってみる」が奪われてしまう

その状況を回避しようとする行動や考え方を「退避症候群」と名づけ、以下の4つの特徴を挙げています。

①情報を短時間で処理する ②他者との接触を必要最低限にする ③重要度の低い情報は無視する

④責任を人に負わせ逃避する

この①〜④の行動は、「燃える」との相性が良くありません。

あまりに多くのニュース、意見、選択肢が押し寄せると、人は考えたり行動したりすること自体をあきらめ、ただ現状に留まろうとする傾向が強まります。

堀田秀吾『燃えられない症候群』(サンマーク出版)

情報量が多い時代は、構造的に人間が燃えにくくなってしまう。だから、「とりあえずやってみよう」という気楽な気持ちすらも奪われるのです。

実際、この4つのどれかを日頃からやってしまっている方もいるのではないでしょうか。

現代人は日常的に多くの選択を迫られ、「決断疲れ」に陥りやすいといわれています。

ワーマンの著書は1989年刊行、ミルグラムは1933年生まれ、1984年没の人物です。現代ではスマートフォンやSNSの普及により、情報量はさらに爆発的に増えています。そうなるより前の時代から、多すぎる情報量のデメリットが問題視されていたわけです。

(初公開日:2025年8月29日)

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