コラム:トランプ米大統領の権力に陰り、約束をすぐに撤回

 5月19日、トランプ米大統領は今もなおディール(取引)をまとめたり、命令を出したりすることが可能だ。しかし4月に打ち出した超高関税を撤回したことで大統領としての権力に陰りが出ており、とりわけ「MAGA(米国を再び偉大に)」という公約の鍵を握る米中間の力のバランスは中国に有利な方向に傾いている。ホワイトハウスで12日撮影(2025年 ロイター/Nathan Howard)

[ロンドン 19日 ロイター BREAKINGVIEWS] - トランプ米大統領は今もなおディール(取引)をまとめたり、命令を出したりすることが可能だ。しかし4月に打ち出した超高関税を撤回したことで大統領としての権力に陰りが出ており、とりわけ「MAGA(米国を再び偉大に)」という公約の鍵を握る米中間の力のバランスは中国に有利な方向に傾いている。

トランプ氏は主に3つの手段で権力を行使している。第1は「命令」だ。大統領令を次々と発出し、SNSに投稿して人々の注目を集めようとする。第2は「カードプレイヤー」という立場。ホワイトハウスで行った会談でウクライナのゼレンスキー大統領と言い合いになった際、ゼレンスキー氏に「君は今、良いカードを持っていない」と述べたように、しばしば自分は有利な手札を持っているから良いディールができると思い込んでいるようだ。第3が「挑発」で、カナダのトルドー元首相に対しては「州知事」呼ばわりしてからかった。

トランプ氏の権力が頂点にあったときには、抵抗はほとんど見られなかった。活動量が多い上に与党・共和党が上下両院を掌握しているため、トランプ第2期政権は圧倒的な力を持ちそうな印象があった。反対勢力がトランプ氏や、イーロン・マスク氏などの腹心に抗っても無駄だった。

A chart depicting executive orders signed by President Donald Trump versus his predecessors.

野党・民主党は混乱状態にあり、共和党内の批判勢力や経済界もトランプ氏の逆鱗に触れるのを恐れて沈黙していた。標的となったコロンビア大学や法律事務所ポール・ワイスなどは譲歩し、トランプ氏の攻撃を回避しようとした。

<力の源泉>

トランプ氏の力の源泉の一つは「勝者」のイメージにある。先週、サウジアラビア、カタール、アラブ首長国連邦(UAE)の中東3カ国を歴訪した際には1兆ドル余りのディールを発表し、そうした姿をあらためて印象付けた。湾岸諸国の指導者らとの個人的な関係も、もう一つの権力の源であるカリスマ性を浮き彫りにした。

しかしこの数週間のトランプ氏からは問題の兆候が表れると身を引くという印象も受ける。金融市場が急落すると貿易相手国への高関税導入を延期し、経済的な痛みにすぐ音を上げることが露わになった。カナダのカーニー新首相が報復関税と強硬な発言で反撃に出ると、同国に対してより融和的な姿勢に転じた。

中でも最も重要な後退は、中国から意味のある譲歩も引き出せないまま先週発表された90日間の対中関税引き下げだ。トランプ氏は膠着状態が続けばスタグフレーション(景気停滞下のインフレ)が起きると恐れたのかもしれない。

イエメンの親イラン武装組織フーシ派との停戦合意も、トランプ氏が以前ほど好戦的でなくなったことをうかがわせた。フーシ派は紅海での米船舶への攻撃をやめることには同意したが、米国にとって最も近い同盟国の一つであるイスラエルへのミサイル攻撃は続けている。

これら全ての事例でトランプ氏は、自分の手札を過大に評価する一方、相手の手札を過小評価したように見える。トランプ氏には長期戦に耐える覚悟がないという知見を得る向きがあるかもしれない。

また米国内ではトランプ氏に対する反発が強まっている。ハーバード大学や一部の法律事務所は抵抗して立ち上がった。反トランプ派は現政権に対する一連の訴訟で勝利した。一方、マスク氏の「チェーンソー型」政府改革や、ロバート・ケネディ・ジュニア厚生長官の麻疹(はしか)流行への対応は不人気だ。トランプ氏の支持率は初期の低下から持ち直してはいるが、共和党が来年の中間選挙後も議会支配を維持するには国民の支持が不可欠だ。もしそれを失えばトランプ氏の権力はさらに弱まる。

A line chart depicting the S&P 500 Index's performance since President Donald Trump's inauguration in January 2025.

米議会内の共和党議員も声を上げ始めている。共和党上院のスーン院内総務など複数の上院議員はトランプ氏がカタールから4億ドル相当の航空機を受け取ろうとしていることに疑問を呈している。また多くの議員が対ロシア制裁の強化を支持している。

トランプ氏は間もなく大きな試金石に直面する。議会共和党が分裂する中で、巨額の減税案への支持を取り付けられるかどうかだ。

<ゼロサム思考>

トランプ氏の成功の中にさえ、見かけほど素晴らしくないものが混ざっている可能性がある。例えば英国と貿易協定を結んだが、米政府の試算によると米企業の輸出機会は50億ドル増えるに過ぎない。これは米国の国内総生産(GDP)の0.02%だ。

一方、UAEによる大規模な人工知能(AI)拠点の建設を支援する計画を巡っても、最先端半導体技術が中国に渡る可能性があるとの懸念が米政府内の一部で持ち上がっている。さらに投資の「約束」は必ずしも実際の投資に繋がるとは限らないと、IMDのサイモン・イベネット教授は指摘する。

トランプ氏がドイツなど欧州同盟国に国防費の増額を受け入れさせたことも、裏目に出る可能性がある。確かに、防衛支出の少ない国への支援を打ち切るという脅しは米国の納税者の負担を軽減するかもしれないが、これによって米国は同盟国の信頼を損ねてしまった。欧州諸国は独自に防衛力を強化し、米国への依存を減らそうとするだろう。そうなれば米中の超大国間の対立において、米国は必要な同盟国の支持を失い、最終的に弱体化しかねない。

トランプ氏による権力行使の方法で問題なのは、世界を「勝者と敗者」の視点でしか見ていないことだ。政治学者のスティーブン・ルークス氏によると、こうした「ゼロサム思考」は権力行使の手法の一つに過ぎない。トランプ氏は同盟国との相互利益を追求する「ウィンウィン型」のアプローチを採ることもできるはずで、これはバイデン前大統領が中国封じ込め戦略の一環として試みた手法だ。

しかしこうした手法を実行するには78歳のトランプ氏が新しい権力の使い方を学ぶ必要がある。それができれば良いが、そうでなければ「MAGA」は「Make America Weak Again(米国を再び弱くする)」ことになりかねない。

(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

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筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

Hugo Dixon is Commentator-at-Large for Reuters. He was the founding chair and editor-in-chief of Breakingviews. Before he set up Breakingviews, he was editor of the Financial Times’ Lex Column. After Thomson Reuters acquired Breakingviews, Hugo founded InFacts, a journalistic enterprise making the fact-based case against Brexit. He then helped persuade the G7 to adopt a plan to help the Global South accelerate its transition to net zero. He is an avid philosopher.

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