『ばけばけ』頼りない三之丞は史実に比べると「だいぶマシ」? 実父や小泉八雲を激怒させたモデルの人物とは

朝ドラ『ばけばけ』第3週では、雨清水家に訪れた不幸が話題になっています。史実を見てみると、三男の三之丞のモデルに当たる人物は、かなりとんでもないことをしでかしていました。

板垣李光人さんプロフィール写真

 2025年後期のNHK連続テレビ小説『ばけばけ』は、1890年に来日し『怪談』『知られぬ日本の面影』などの名作文学を残した小泉八雲さん(パトリック・ラフカディオ・ハーン)と、彼を支え数々の怪談を語った妻の小泉セツさんの生涯をモデルにした物語です。

 同作の12話では、主人公「松野トキ(演:高石あかり)」が働く親戚の「雨清水傳(演:堤真一)」が営む機織り会社が業績不振に陥ります。雨清水家は次男「竹松」が亡くなり、長男「氏松(演:安田啓人)」の出奔してしまったため、三男の「三之丞(演:板垣李光人)」が、金策に走る傳から社長代理を任されました。本来家督を継ぐ予定はなく、何も教わってこなかった三之丞は、急に重責を担わされ苦悩しています。

 12話の放送後、SNSでは三之丞に対する同情の声も出ていました。しかし、彼の「モデル」に当たる人物を見てみると、とんでもないことをやらかしていたようです。

※ここから先の記事では、『ばけばけ』のネタバレにつながる史実の情報に触れています。

 トキのモデルの小泉セツさんは、1868年2月4日に生まれ、生後わずか7日で生家の小泉家から子供がいない稲垣家に養子に出されました。彼女は借金を背負ってしまった稲垣家の家計を助けるため、11歳から実父の小泉湊さんが営む機織り会社で働き始めます。

 ただ、湊さんの会社は同業他社が増えてくると経営が傾き、最終的に倒産してしまったそうです。さらに、小泉家は次男の武松さんが1886年に19歳で亡くなり、長男の氏太郎さんが同年の暮れに家族を捨てて町娘と駆け落ちするなど、立て続けに不幸に見舞われました。

 その後、湊さん本人もリウマチを患って倒れてしまい、没落した小泉家の命運は三男でセツさんの2歳下の弟にあたる、藤三郎さんに託されます。しかし、この藤三郎さんは、セツさんの長男・小泉一雄さんが著書『父小泉八雲』のなかで「(彼は)存生中どれ程我が一家に対して不安を与えたか知らぬ」と語るような人物でした。

 見た目は美男子だったという藤三郎さんは、幼い頃から湊さんによって読み書き算盤を教わり、学校にも通わせてもらっていたそうです。しかし、彼は勉強が嫌いで、学校をさぼって野山で鳥を捕まえ、餌付けしたり、卵を孵化させたりすることに夢中になっていたといいます。湊さんがリウマチになって監視の目が遠のくと、藤三郎さんはさらに鳥集めの趣味に没頭しました。

 藤三郎さんを見かねた湊さんは、歩くのも困難になっていたあるとき急に立ち上がり、壁に掛けてあった馬の鞭で「親不孝者!」と罵りながら、彼を何度も叩いたそうです。その後、湊さんの病状は悪化の一途をたどり、1887年5月に亡くなりました。

 そんな出来事があっても藤三郎さんの性格は変わらず、1891年にセツさんがラフカディオ・ハーンさん(1896年に小泉八雲に改名)と結婚してからも、彼はいくつかのトラブルを起こしています。

『父小泉八雲』や、セツさんの評伝『八雲の妻 小泉セツの生涯』(著:長谷川洋二)には、藤三郎さんがろくに働きもせず、セツさんが実母・チエさんへ当てた仕送りに依存していたことや、セツさんたちが松江を離れている間に、小泉家の先祖代々の墓を売り払っていたことなどが書かれていました。

 そんな藤三郎さんは、1900年7月頃、東京に移住していたセツさんたちの家を訪ねてきたそうです。セツさんは当初、八雲さんに隠れて藤三郎さんを20日ほどかくまいました。

 しかし、結局八雲さんに見付かってしまった藤三郎さんは、小泉家の墓を売ったことを責められ、そのまま東京を去ってしまいます。その後、彼はセツさんたちの前に姿を現さず、1916年に松江の小泉家の近くの空き家で亡くなっているのが発見されたそうです。享年45歳でした。

『ばけばけ』の三之丞は、藤三郎さんに比べると、かなりまともな人間として描かれているように思えます。ただ、雨清水家の窮状を考えると、彼の人生は今後苦労続きになりそうです。三之丞の今後にも注目が集まります。

※高石あかりさんの「高」は正式には「はしごだか」

参考書籍:『父小泉八雲』(著:小泉一雄/小山書店)、『八雲の妻 小泉セツの生涯』(著:長谷川洋二/潮出版社)

(マグミクス編集部)

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