北で洗脳、露が拉致の子供たち 日曜に書く 論説委員・斎藤勉

ロシアのプーチン大統領(ロイター=共同)

ロシアが2022年2月にウクライナに侵攻してから拉致した子供たちは、表の統計だけで「最低1万9546人」。非公式には最大30万人説まである。

その一部の少年少女が故国から9千キロも離れた北朝鮮に連行され、「反日・反米」教育を強制されている実態が明かされた。西側の子供たちがクリスマスソングを歌う季節に、凍土で「日本の軍国主義を破壊せよ」などと洗脳の呪文を唱えさせられる非道な風景が思い浮かぶ。

48年前、13歳の横田めぐみさん(61)が新潟の海岸から拉致されたときの慟哭(どうこく)が、今更ながらに聞こえてくるようだ。

今月3日、米上院の公聴会に立ったウクライナの人権擁護・監視組織のラシェウスカ弁護士の証言に衝撃が走った。「露に拉致された子供のうち、東部・ドネツク州出身のミーシャ君(12)と、露に占領されているクリミア・シンフェロポリ出身のリザさん(16)の少なくとも2人が北朝鮮東岸の江原道元山市にある松濤園国際少年団収容所に送られ、反日・反米思想を注入されている」と初めて明らかにした。

消された「子供追跡」事業

同収容所は冷戦最中の1960年に開所以来、ソ連・東欧各国の青少年らに社会主義教育を施してきたことで知られる。

2人は具体的に「日本軍国主義破壊」などを吹き込まれ、北朝鮮が68年に米海軍の情報収集艦「プエブロ号」を元山沖で攻撃、拿捕(だほ)した事件当時の北の退役軍人にも会わされたという。プエブロ号は現在も平壌の大同江河畔に係留、公開され、反米宣伝に利用されている。

「プーチン露大統領にとって日本は経済制裁に加わる敵国。金正恩総書記との緊密さが増す中で、国家消滅を狙うウクライナの子供たちに対し、北の徹底した反日・反米の洗脳教育をも委ねているのではないか」とは在日ウクライナ人の分析だ。

プーチン政権は拉致した子供たちの大半を露家庭の養子にして露語や露国籍を強制する「ロシア化」を進めている。国際刑事裁判所(ICC)が2023年3月、プーチン氏に逮捕状を出したのは、まさにこの「子供連れ去り」容疑だ。ところが、トランプ米大統領は就任直後の今年1月、「プーチンの戦争犯罪」をなかったものとするかのような手荒な決定を下した。

米エール大学の人道研究室はバイデン前政権の資金提供を得て、衛星画像などで拉致された子供たちの追跡調査や証拠収集を続けてきたが、トランプ氏は突然、この資金提供を全面的に打ち切ったのだ。

エール大は活動の過程で「プーチン氏の専用機が子供たちの輸送に使われた」などの事実を暴き、300人超の子供の行方も突き止めてきた。しかし、資金切れで活動は3月いっぱいでの停止を余儀なくされた。子供の「北送り」はエール大の追跡が続いていれば、阻止できていたかもしれない。

暴君に「赤い絨毯」の恥辱

そのプーチン氏が8月15日、ウクライナ和平交渉でアラスカの米空軍基地に降り立つと、トランプ氏はなんと、赤い絨毯(じゅうたん)で迎えた。国際秩序を力で破壊した希代の暴君に対する西側リーダーの倒錯した「歓迎」ぶりだ。米外交史に残る「恥辱」であり、今年の数々の国際ニュースの中でもブラックジョークの最たるものだろう。

「プーチンが歩くべきは、レッドカーペットではなく、処刑場だろう!」。ウクライナの年配女性がテレビで罵(ののし)っていた。

一連のトランプ氏の決断には、プーチン氏を自分の思惑に沿った「戦争の早期終結」のシナリオに引き込み、これを理由とした「ノーベル平和賞受賞」に前のめりになっている野心の底が見て取れた。

ラシェウスカさんが北での「日本軍国主義破壊」の洗脳を証言した同じ3日、モスクワではショイグ露安全保障会議書記と中国の王毅外相が「日本の軍国主義復活に断固反対」と声をそろえた。高市早苗首相の台湾有事をめぐる国会答弁を受けた「高度な合意」だそうだが、世界の大方はソッポを向いている。

露朝による「北への子供送り」の発覚で、露に北方四島を不法占領されている日本は「領土」は無論、「拉致」でもウクライナと強く連帯すべき時だ。一方で「日本軍国主義」をでっち上げる「認知戦」の相手は中露朝の「軍国主義3大国」だ。高市政権には、一歩も引かない冷徹な対応を引き続き望みたい。(さいとう つとむ)

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