10年で米国内の酒蔵は20超 日本へ「逆輸入」で市場を活性化
米ニューヨーク州のダッサイ・ブルー・サケ・ブリュワリーでは、日本酒の試飲のほかに、日本文化にまつわるイベントも実施している。(AMY SIMS)
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この記事は『ナショナル ジオグラフィック トラベラー(UK)』により制作されました。
丈夫な高いデニムから、ありとあらゆる必需品がそろうコンビニエンスストアまで、日本は米国発の商品やサービスを取り入れ、磨き上げて自分たちのものにしてしまうのが得意だ。そして今、米国は流れを逆転させようと、最も日本らしいアルコール飲料である日本酒に挑んでいる。
2025年3月、ニューヨーク市のブルックリン・クラは、米国から日本へ日本酒を輸出した初めて酒蔵となった。清酒「八海山」などを製造する八海醸造(新潟県魚沼市)の米国法人と業務資本提携しており、日本全国のバーやレストラン、酒販店で入手可能だ。(参考記事:「400周年を迎えるニューヨーク ナショジオで振り返る100年」)
「これは理にかなった動きです」。ブルックリン・クラの「サケ・スタディ・センター」で教育ディレクターを務めるティモシー・サリバン氏は話す。日本酒の最大の市場は日本であり、顧客は確実に存在する。
同時に、「この取り組みが日本の縮小しつつある日本酒業界を再活性化する一助になれば」ともサリバン氏は考えている。日本の消費者に、世界中がいかに日本酒に夢中になっているかを示す機会になるからだ。
1970年代初頭にピークを迎えたのち、日本における日本酒の消費量は下がっている。一方で、それを相殺するかのように、世界では日本酒の需要が高まっていて、特に米国は日本にとって日本酒の最大の輸出先となっている。ここ10年ほどで、米国内の酒蔵の数は20を超え、ブルックリンだけで2カ所ある。
「日本酒を再び、イカした飲み物にしたい」とサリバン氏は言う。ブルックリン・クラでは、ビールのホップで香り付けするなど、日本酒に新しい解釈をもたらすことで、日本の若い世代を惹きつけたい、と考えている。「実際に味わってもらえば、その美味しさに驚いてくれるはずです」
米国産日本酒のこれから
「米国の酒蔵として初めて成功する」と意気込んで1997年、ポートランド郊外にオープンしたのがサケワンだ。「オレゴン州の軟らかな水は、フルーティーで香り高い日本酒を作るのに理想的です」と、杜氏の桑原匠氏は話す。「日本の伝統と、先駆者として技を磨く太平洋岸北西部が持つ職人気質の開拓者精神は、勝利の組み合わせでした」
サケワンがオープンした当時、米国の日本酒市場は主に低価格帯の商品で占められていた。高級志向に焦点を当てた方針には、疑いの目も向けられた。
「カリフォルニアでも、フランス産に劣らないワインが造れると証明されたように、日本国外でも素晴らしい日本酒は造れるのです」と桑原氏。「酒蔵が増えるにつれ、米国産の日本酒を受け入れるどころか、探し求めるようになるでしょう」(参考記事:「知る人ぞ知るカリフォルニアのワイン産地「まるでかつてのナパ」」)
さらに桑原氏は、はっきりした地域性もやがて出てくるだろう、と考えている。例えば、すっきりした新潟の酒のように、個性を持つ地酒の概念だ。「飲み物はたいてい、その地の食文化に根づいているものです」。そして桑原氏は続ける。「米国で、地域ごとの地酒が出てくる日も近いでしょう」