MLB:大谷翔平、「飛ばないボール」でも本塁打量産
すさまじい音がした。負けた試合ではあったものの、5月16日のエンゼルス戦の八回に放った一打は、その音だけでファンを熱狂させた。高々と打球が上がり、大谷翔平(ドジャース)も本塁打を確信。歩きながら行方を見届けた打球は、センターバックスクリーン手前のネットでポーンと跳ねた。
描かれたきれいな放物線に一塁のクリス・ウッドワード・ベースコーチも見とれ、ルーティンのハイタッチを忘れた。一塁を回ったところで大谷がウッドワード・コーチの方を振り向き、「タッチは?」と促すように、腰の辺りで手をヒラヒラさせた。
「『すごい打球だなぁ、どこまで飛ぶんだろう?』と見ていたら、もう翔平が一塁を回っていた」と苦笑したウッドワード・コーチ。「後で映像を見たら、翔平は怒っているようだった」。実際、大谷はけげんな表情を浮かべていた。
飛距離は433フィート(約132メートル)で、今季2番目。ただ、ウッドワード・コーチは心の中で首をひねった。「バックスクリーンに当たると思ったのに、そこまでは飛んでいなかった」。確かに、奥の壁までは少し距離があった。「あれも、ボールの影響なのかな?」
今年のボールは飛ばない。それがほぼ、共通認識になりつつある。
「春先は寒く、湿気も多いので、夏に比べて打球は飛ばない」とウッドワード・コーチは話したが、どうやらそれだけが原因ではなさそう。大谷は今季、過去最多ペースで本塁打を重ねており、出場49試合で17本塁打。これは、2022年にアーロン・ジャッジ(ヤンキース)が、ア・リーグのシーズン最多本塁打記録を達成したペースに匹敵する。
ところが、平均飛距離を見ると405フィート(約123メートル)で、絶不調でスタメン落ちすることもあった2020年(402フィート)を除けば、ワーストである。まだサンプルが少ないので、必ずしも比較は適切ではないかもしれないが、本塁打のリーグ平均飛距離も落ちている。(今季の記録は5月23日試合終了時、以下同)
後述する理由によって22年は別建てにするが、それを除く2015年から2024年までの本塁打の平均飛距離は400フィートちょうど。今年は395フィート。大谷は2018年から24年まで(2022年除く)が415フィート。今年は405フィート。リーグ全体では5フィート、大谷は10フィートも距離が落ちている。初速が101〜110マイル(約162〜177キロ)、角度25〜30度の打球で比較すると、今年は389フィート(約118メートル)。2021〜24年(22年を除く)は、410フィート(約125メートル)だから21フィートも異なる。
本塁打そのものも減っている。以下は、1チームあたりの1試合平均本塁打数だ。
では、その理由が本当に飛ばないボールのせいなのかどうか。
大リーグがデータサイト「Baseball Savant」で公開しているボールの「抗力係数(Cd)」の数値を確認すると、そこからも、今季のボールが飛ばないことが裏付けられた。下のグラフを見てほしい。データは2016年以降のものだが、25年の平均値(フォーシームファストボール)は0.3512で過去もっとも高い。
抗力係数は空気抵抗を示す係数で、車のパンフレットなどを見ると、走行中の車に対する空気抵抗を示す「空力性能」の指標として用いられている。数値が小さければ、空気抵抗が少なく、車の燃費が良くなる。
野球のボールも同じで、抗力係数の値が小さければ、空気抵抗が少ないので、ボールがよく飛ぶ。この場合、縫い目が低くなっていると考えられる。逆に抗力係数が高ければ、おそらく、縫い目が高くなっている。必然的に飛距離は落ちる。
上のグラフをみると、2019年の値が極端に低い。この年、大リーグでは本塁打の数がシーズン最多だった。大リーグ機構は、イリノイ大のアラン・ネイサン名誉教授を中心とするグループに、原因の調査を依頼。結果、縫い目が低くなり、効力係数が下がったことが一因と判明し、伴って効力係数と縫い目の高さの関連が明らかとなった。
下のグラフは2013〜19年を対象に、抗力係数と縫い目の高さの関連性を示したものだ。nはサンプル数で、青が抗力係数。黄色が縫い目の高さ。「15AS」とあるのは15年の球宴前まで、「2015B」は15年の球宴後を意味する。
もちろん、ボールの飛距離は反発係数、気候、ボールの湿度(保管状況)などにも影響されるが、ネイサン名誉教授は指摘する。「抗力係数が0.01異なるとしよう。ドーム球場など、環境をコントロールできるところであれば、打球初速が100マイルの打球は、飛距離が5フィート(約1.5メートル)違ってくる」
実は、抗力係数と飛距離については2022年にも紹介した。3年前にも同じ現象があったからである。MLB大谷翔平、本塁打減少は飛ばないボールの影響?
よって本塁打の飛距離のデータに2022年を加えたのだが、やはり今年と似たような傾向が出ている。あのとき、「去年より飛ばない印象はある。見ている感じでもどのくらいのスピード(打球初速)で飛んでいるというのは分かる」と大谷も話したが、今年も同じようなことを感じているのではないか。
ではなぜ、それでもハイペースで本塁打を量産できるのか。やはり自己最多ペースで本塁打を重ねている(出場49試合で15本塁打)エンゼルスのテーラー・ウォードに聞くと、「一度経験しているのは大きい」と話した。
「『なんでだ?』とムキになることがない。『ああ、そういうことか、となる』。それよりは、縫い目が高くなったことで、相手の投げる球の変化量が変わっているから、対戦前、変化量の違いを確認してから、打席に立つようにしている」
変化量に関しては、ドジャースのリリーフで、今季すでに23試合に登板しているフランク・バンダが、こう話した。
「ツーシームがよく動く。際どいところに投げようとすると、それが外れてしまう。今年はストライクゾーンが少し狭いからそのせいかと思ったが、コナー(ドジャースのコナー・マクギネス投手コーチ補佐)と話したら、『縫い目の影響だろう』とのことだった」
マクギネス投手コーチ補佐は「縫い目が高くなって、ボールの軌道が変わった。それぐらい縫い目というのは大事なんだ」と教えてくれた。「結果、変化量が大きくなって、ストライクゾーンに投げられない、というケースもある」とバンダの言葉を補足している。ただ、「3年前ほど、投手はパニックにはなっていない」という。「免疫ができているから」。そこはウォードの話に通じる。
2022年、大谷は34本塁打に終わった。では彼は、そこから何を学んだのか。
今年の量産ペースは、そこにヒントがありそうだが、また本人に確認ができたら、紹介したい。