〈「私はフェイクニュースを拡散した」〉ロヒンギャへの“無知”を悔やみ9年間、現地取材…日本初のロヒンギャ小説を書いた著者の執念(集英社オンライン)
2017年8月25日、ミャンマー国軍による大規模な軍事作戦が始まり、わずか3か月で60万人以上が故郷を追われたロヒンギャ危機。それから9年、いまなお約120万人がバングラデシュの難民キャンプで暮らしている。そんなロヒンギャの人々を長年取材し、日本初となるロヒンギャ小説『「0825」に私たちは殺され続ける』(集英社文庫)を書き上げたのが今泉千尋氏だ。 【画像】ロヒンギャ難民の女の子 彼女を現地取材へと駆り立てた原点には、大学院生時代、ロヒンギャを貶めるフェイクニュースを自らSNSでシェアしてしまったという痛恨の経験があった。自費で難民キャンプに通い、被害者だけでなく、ヘイトを扇動した仏教右派の指導者にも接触。9年間に及ぶ取材の先に見えた「普通の人々」が憎悪にのみ込まれていく現実とは――。
日本初のロヒンギャ小説が誕生した。めったに解説で見かけない角田光代氏が、テーマに惹かれてその任を引き受けたその作品のタイトルは『「0825」に私たちは殺され続ける』。 2017年8月25日、ミャンマーのラカイン州でミャンマー国軍による少数民族ロヒンギャに対する大規模な軍事作戦が始まった。国軍はイスラム教徒であるロヒンギャの人びとに対する殺戮、組織的なレイプやモスクの破壊、村の焼き討ちなど、暴力の限りを尽くした。 凄まじいスピードでこの民族浄化は行われ、たった3か月の間に60万人以上のロヒンギャが、ミャンマーを追われ、隣国バングラデシュの難民キャンプに押し込められた。 私は偶然、この8月25日にラカイン州の州都シットウェにいた。その後、難民キャンプにも通ったが、弾圧による流出は止まらなかった。9年が経過した現在もキャンプには約120万人のロヒンギャが押し込められている。 国連やアムネスティはこの人道に対する罪を発生当時から非難し、残虐な虐殺行動を停止するように勧告してきたが、止まるどころか、2021年2月1日には、国軍による軍事クーデターが起こり、収束の気配はない。 その後、ロシアのウクライナ侵攻とパレスチナ・ガザ紛争の発生で、世論もまたミャンマーへの関心は薄れていった。そんな中、今泉千尋はロヒンギャに対する執念ともいえる取材を敢行し続けきた。 本書はフィクションのかたちを取ってはいるが、一読すれば重厚な取材に裏打ちされた記録小説であることが分かる。 国連が世界で最も迫害されていると規定したロヒンギャに対するこだわりはいつどのように生まれたのか。今泉は取材の端緒は自身の犯した過ちにあったと語りだした。 「2012年のことでした。当時、私は大学院生で『平和学とメディア』というテーマでメディアがいかに平和構築に貢献できるのかというようなことを学んでいました。 ちょうど『アラブの春』のときでSNS が新しい民主主義のツールとしてもてはやされていたんです。 ネット上で社会課題や政治問題がどんどんシェアされるのがデモクラシーだというような雰囲気がありました。 それである時、自分の Facebook に『ミャンマーで何の罪もない仏教徒がテロリストのイスラム教徒たちから酷い迫害をされているので、この問題を拡散してください』というポストが流れてきたんです。そんな大変なことが起きているのかと、疑うこともなくシェアをしてしまった。 するとベトナム人の院生の友人からすぐに連絡が来て、『ミャンマーでずっと差別されているのはマジョリティの仏教徒ではなくてイスラム教徒だから、このポストは変ですよ』と指摘されたんです。 それで調べてみたところ私に流れてきたのは、今でいうフェイクニュースだったんです。自分はメディアと平和学を学んでいたのにそんなことをしてしまった。とても恥ずかしく感じたのと、このイスラム教徒の人たち、要はロヒンギャの方たちにすごく申し訳ないという気持ちがあってそれからです」