新薬承認から2年「認知症治療」はどう変わった? 予備群から使える一方、実際に治療を受けているのは「たった2割」のワケ

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 何らかの理由で脳の神経細胞が働きを失い、記憶・判断力の低下などで日常生活に支障をきたす認知症。 2023年、24年に相次いで登場した新薬で、受診者は増えたのか。実際、どれくらいの人が薬による治療を受けているのか――。最新の医療ビッグデータを基に、専門医を取材した。■認知症・MCIの患者数を調査

 医療ビッグデータは、メディカル・データ・ビジョン(東京都千代田区)が保有する国内最大規模の診療データベースを活用。

 2020〜25年の6年間に全国344病院を受診した認知症患者と、認知症予備群とされるMCI(Mild Cognitive Impairment:軽度認知障害)患者の数を調べた。MCIとは、もの忘れを自覚していても日常生活を問題なく送れる状態で、対策を講じず放置しておくと、高い確率で認知症に進むと考えられている。

 医療ビッグデータの結果を見ると、興味深いことがわかった。以下のグラフを見ていただきたい。

 受診者の実数は、やはり認知症のほうがMCIより圧倒的に多いが、受診者のトレンドを見ると、認知症ではコロナ禍の受診控えの影響があって2024年まで減少、その後に増加している。これに対して、MCIは上昇傾向が続いている。

 これは、まさに新薬登場が、一因になっている可能性が高いのではないだろうか。これについて認知症治療に詳しい、東京都健康長寿医療センター(東京都板橋区)健康長寿イノベーションセンター臨床開発ユニット・ユニット長の井原涼子医師は、次のように話す。

 「増加ペースのトレンドは臨床現場と相違はない。新薬が登場してから、MCIの段階で受診する患者の割合は増えている」■2023年、24年に新薬が登場 ここで少し認知症の治療について、簡単におさらいしておきたい。 認知症(ここではアルツハイマー型認知症とする)は長らく、症状の進行を遅らせる薬が主流だった。

 その後、2023年にレカネマブ(レケンビ)、2024年にドナネマブ(ケサンラ)という抗アミロイドβ抗体が承認された。これらは既存の薬と違い、アルツハイマー型認知症の主な原因とされる脳内のアミロイドβとタウタンパク質に作用する。

 朗報なのは、これらの薬はアルツハイマー型認知症だけでなく、その予備群であるMCIにも使うことができる点だ。 新薬登場の情報はテレビやネットなどを通じて広がった。それにより、日常生活の中で「自分は認知症かもしれない」などと感じた人が自ら、もしくは家族などの勧めで、「もの忘れ外来」などの専門外来を受診するようになり、それが患者数の増加につながったのではないか。

 では、認知症やMCIで受診した人たちのうち、どれくらいの人が新薬による治療を受けているのだろうか。

 井原氏が所属する東京都健康長寿医療センターでは、もの忘れ外来やアルツハイマー型認知症診療を専門にするDMT(Disease-Modifying Therapy:疾患修飾療法)外来を設けて、診療所などから紹介された患者を受け入れている。 疾患修飾療法とは聞き慣れない言葉だが、症状を改善する対症療法とは異なり、病気の原因などに働きかけて、進行のスピードを遅らせたり抑制させたりする治療をいう。

 井原氏は同センターを受診した患者を対象に、新薬による治療を開始した患者がどの程度の割合だったかを調査した。

 その結果、2023年12月〜25年4月に治療薬を希望した456人のうち、詳しい検査をしたのは205人、最終的に新薬の投与を開始したのは87人(19%)で、治療を受けているのは治療を希望した人の2割弱であることがわかった。 この調査では、治療を受けられなかった理由についても調べている。

 それによると、▼検査で病状が進んでいることがわかり、新薬の適応外となったケース、▼適応の条件である「脳内のアミロイドβの蓄積」が確認できなかったケース、▼患者・家族側が副作用(アリアという脳のむくみや出血)を懸念するケース、▼通院(新薬は定期的な通院・検査が必要となる)を負担に感じて治療を受けないケースなどがあった。

 このほか、75歳以上の高齢者や症状が軽い患者のほうが、通院しながらの治療を負担だと感じる傾向があり、治療を受ける割合が低いことも明らかになった。

 井原氏は、「アルツハイマー病の新薬は、重症度が高くないほうが効果が高い。このことを、患者さんにもっと啓発していかなくてはいけない。今後の課題は、地域の診療所の医師と連携し、最も効果が期待される“超早期”の患者さんが前向きに治療に臨めるようにすること」と強調する。

■認知症4つのタイプの割合 ところで、どんなタイプの認知症患者がいるのだろうか。 前出の医療ビッグデータで見たのが、下のデータだ。この数字は、確定診断を受けた人の数と、血液検査や画像診断を受ける根拠として使用される「疑い病名」がついた人の数を合算したものになる。

 4大認知症とされるアルツハイマー型(青線・右縦軸)、血管性(オレンジ線・左縦軸)、レビー小体型(灰色・同)、前頭側頭型(黄色・同)を比べると、やはりアルツハイマー病が最も多く、2025年の1年間では認知症全体の86%を占めていた。

■患者数の予測が下方修正 2040年、わが国は65歳以上の高齢者の数がピークを迎える。厚生労働省はその頃に高齢の認知症患者が584万人になると推計している。これは“65歳以上の7人に1人が認知症患者“になるという計算だ。また、MCI患者も613万人にのぼると推計している。

 興味深いのは、推計患者数を従来の推計(802万人)より下方修正している点だ。実際、認知症患者が減少するというポジティブな材料も出てきている。

 厚労省の数字の根拠となる研究を行ったのが、九州大学大学院医学研究院の衛生・公衆衛生学分野の二宮利治教授だ。日本の人口構成とほぼ同じ構成の福岡県・久山町(ひさやままち)など、4つの地域の65歳以上の住民をモデルとして「有病率」を調査した。

 その結果、2022〜23年の有病率は27.8%(MCI15.5%、認知症12.3%)で、前回(2012年)の有病率28.0%(MCI13.0%、認知症15.0%)に比べると大きな変化はなかったが、認知症に進行した人の割合が低下した可能性が明らかになった。“MCIから認知症へ進む速度が遅くなった”とも考えられる。

 この背景について二宮氏は、喫煙率の低下、高血圧や糖尿病などの生活習慣病の改善、健康意識(リテラシー)の変化などを要因として挙げ、「認知機能低下の進行が抑制された可能性がある」と指摘している。 では、二宮氏が挙げるさまざまな要因のうち、最も関係の深い因子はなにか。医療ビッグデータを使って検討してみた。

 実は、本データでは認知症患者数だけでなく、併存疾患も調べている。併存疾患の病名は世界保健機関(WHO)が作成した疾病・死因の国際的な統計分類のICD-10(国際疾病分類第10版)を使った。その結果が以下になる。

■併存疾患トップ1位の病気 興味深いのは、すべての認知症で高血圧が最も多い併存疾患だった点だ。 もともと、脳卒中などが原因となる血管性認知症では、高血圧は最大のリスク因子であることが知られている。前述の久山町住民を対象にした疫学研究、通称「Hisayama Study」でも、高血圧患者は普通の人に比べて血管性認知症リスクが高くなるとの結果が出ている。

 つまり、中年期(おおむね40代から50代)から血圧をコントロールすることが脳を守り、認知症を予防するとされているのだ。

 だが、今回のデータでは、血管性認知症以外の認知症でも、併存疾患は高血圧が最も多い結果となった。 この結果について、井原氏は「そもそも、認知症の患者さんは高齢なので、高血圧があるのはわかる。一方で、ほかの認知症に比べて発症する年齢が10歳程度若いとされる前頭側頭型でも、高血圧が多いのは新たな気づきになった」と話している。

 ちなみに、2番目に多い“その他の腸の機能障害”とは、便秘のことだろうと、前出の井原氏は述べる。

■認知症予防のためのポイント 高血圧治療の基本は、糖尿病などほかの生活習慣病と同じく食事療法と運動療法で、息の長い取り組みが必要になる。また、便秘対策については、「頑固な便秘になると下剤の処方が必要になるが、そうでない場合は、しっかり水分を摂って、体を動かすこと」(井原氏)という。

 なお、地域住民を対象に、認知症の発症リスクなどを統計学的に調べた疫学研究では、高血圧の管理のほかに、「健康リテラシーの向上」が、認知症の減少につながったという可能性も指摘されている。

 健康リテラシーとは、健康や医療に関する適切な情報を入手し、自身で健康を守る能力だ。巷やネットにあふれる情報については、信頼できる発信元で、本当に正しい情報かどうかを見極める力が必要になる。

君塚 靖 :えむでぶ倶楽部ニュース編集部 記者

最終更新:5/19(火) 6:30

東洋経済オンライン

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