コメ報道に足りない「農家の視点」 新聞に喝! 同志社大教授・佐伯順子
学生時代、関東の農村で民俗調査をしたことがある。訪問先の農家で、当時の減反政策についての不満を吐露された。調査の主題は年中行事や儀礼などの習俗で、そうした声が報告書に載ることはなかったが、若いころに聞いた農家の本音は忘れられない経験となった。
さかのぼれば、減反政策が始まった1970年代の高校の授業で、コメの消費を増やす方法について議論したこともあった。
以来、半世紀近く。歴史をかんがみると、現在の米価高騰問題は日本の戦後農政のほころびと言わざるを得ない。
日本の主食といわれるコメだが、現状、コメ農家の95%は赤字という。一方で、家庭の朝食や学校の給食ではパン食が普及してきた。
そして今回のコメ騒動である。聞こえてくるのは「高くて買えない」という消費者と、「それでも儲(もう)からない」という生産者、双方の声だ。コメ農家には複雑な思いがあるのではないかと思うが、その本音はメディアからはなかなか聞こえてこない。果たして生産者視点でのコメの「適正」価格はどの程度なのか。
「わずかな要因で流通や価格が影響を受けやすい脆弱(ぜいじゃく)な構造が浮き彫りになった」(10日付、産経新聞東京本社版)との指摘があったが、その「構造」こそ取り組むべき課題だろう。
ただ、報道を見る限り、流通についての議論は盛んだが、肝心の生産が先細りでは元も子もない。
近年、日本のさまざまな産業でいわれることだが、必要なのは、日本の農家の生産性をいかに上げるべきかという視点ではないか。
農業に新しい可能性を見いだす動きもある。家が農家でなくても、従来型の生産や流通とは異なる形で米の可能性を追求する意欲あふれる若手生産者も出てきている。そうした新規参入者の考えはどうか。
海外生活の経験からいえば、国際競争力を高めて消費を増やすという提案も重要だ。牛の「WAGYU(ワギュー)」は既にブランド化に成功し、英国のスーパーでもその名で並んでいた。「スシ」や「おにぎり」人気を考えれば海外市場開拓は可能性が大きい。
農業従事者は高齢化などで減少し、生産の現場から発せられる意見はマイノリティーになりかねない。
メディアは、生産者への敬意をもってその現状と本音をくみ取り、中長期的な視点で文字通り、地に足の着いた議論を促す必要がある。
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佐伯順子
さえき・じゅんこ 昭和36年、東京都生まれ。東京大大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。専門は比較文化。著書に「『色』と『愛』の比較文化史」など。