制裁逃れロシア産原油を輸送「影の船団」をシンガポールで追跡 ウクライナは船長の顔公開
年間約9万隻が往来するシンガポール海峡では、欧米による経済制裁の対象であるロシアやイランなどの船舶も通り抜けていく。対岸のインドネシアまでは4キロほどしかなく、制裁船も安全のために位置情報を発信しながら進む。白昼の海峡を堂々と航行するロシアの制裁船を現地で追った。
世界で最も多く原油が通過
2月下旬、シンガポールの中心部からほど近いフェリーターミナルの屋上は、日差しが容赦なく照りつけ、気温は30度を超えていた。日陰でダンスの撮影にいそしむ若い女性たちの前を、さまざまな船籍のタンカーが通り過ぎていく。シンガポール海峡は、世界で最も多く原油が通過するチョークポイント(海上交通の要衝)だ。
フェリーターミナルからはシンガポール海峡を行き交う多数の船舶が見える=2月27日、シンガポール(西山諒撮影)記者はその数時間前、滞在先のホテルから、欧米の制裁を受けるロシアの原油タンカー「SKIF」がマレーシア沖から西進しているのを確認していた。地下鉄に乗って移動し、見晴らしのよいフェリーターミナルで撮影の機会をうかがった。
船舶の位置情報を提供するサイト「マリントラフィック」のアプリを開くと、シンガポール海峡の中心部を航行する貨物船やタンカーを多数確認できた。制裁を受けながら原油を輸送する船舶は「影の船団」と呼ばれ、普段は信号を偽ったり切ったりして航行するが、シンガポール海峡の通過時には安全確保のため位置情報などを発信している。
シンガポール海峡を進む制裁対象のロシアの原油タンカー「SKIF」=「マリントラフィック」のアプリの画面からただ、よく観察すると、海峡のシンガポール側に位置する船の多くは停泊している。シンガポールは「バンカリング」と呼ばれる燃料補給の世界一の拠点でもある。
シンガポール海峡を往来する船舶後傾しながら浮く「SKIF」
吹き出す汗をぬぐいながら、船がひしめくシンガポール海峡に望遠レンズを向けて制裁船SKIFを探す。アプリ上では、船体は青と赤の2色の塗装とされるが、見当たらない。周辺の船舶の情報も確認しながら、確認作業を続けた。
船種や船の長さの情報から、赤と朱の船体で、青い煙突に2本の白線が引かれた1隻の原油タンカーに当たりをつけた。同時に、アプリ上でSKIFの他の写真を探す。調べていくと、2021年以降は、船体が赤と朱に塗り替えられていることが分かった。
「あの2隻の小さな船の奥を、西に進むタンカーに違いない」
欧米から制裁を受けるロシアの原油タンカー「SKIF」望遠レンズのズーム倍率を最大にして、SKIFとみられる船にフォーカスを合わせる。ファインダーには、大気のかすみ越しに、わずかに後傾しながら浮く様子が映った。船底の球状船首が露出していることから、空荷であることが分かる。原油を運搬した後のようだ。
影の船団は存外、簡単に見つかった。さらに、ロシアの別の制裁船も近づいていることがアプリで判明した。制裁船も姿を隠さず通航せざるを得ないことが、海の交差点ともいえるシンガポール海峡の特殊性を際立たせている。
納税者番号にパスポート番号も
日陰に移動し、SKIFについてウェブで検索していると、船長の名前が目に飛び込んできた。
「ヤツェンコ・アンドレイ」
ページのURLには、ウクライナ政府を示す「gov.ua」。黒を基調としたウクライナの国防省情報総局(GUR)のサイトだ。
「War & Sanctions(戦争と制裁)」と題したページには、口ひげを蓄えたロシア人船長、アンドレイ氏の顔写真に加え、納税者番号、パスポート番号まで記されている。
SKIFは2025年1月10日に米国から制裁指定を受けた後、船籍が4度変わっている。3月にパナマからコモロ、5月にコモロ船籍を取り消され、8月にガンビア、12月にロシア船籍へと変更されていた。船名も、米国の制裁リストに掲載されたものから2度変わっていた。
現在は欧州連合(EU)、米国、スイス、英国、カナダ、ウクライナから制裁を受けている。
パスポート写真まで公開
さらに調査を進めていくと、ある日本人に行き着いた。
英国の制裁リストにある運航会社「グローリー・シッピング HK」をウェブで検索すると、イニシャルが「H・K」という男に言及した2016年の国連安全保障理事会の報告書が見つかった。北朝鮮に対する制裁の実施状況を監視する「専門家パネル」がまとめたものだ。
グローリー・シッピング(H.K.)に言及する国連安全保障理事会の北朝鮮制裁の「専門家パネル」による報告書(画像を一部加工しています)報告書には、H・Kの日本人が所有する企業「グローリー・シッピング(H.K.)」の船舶が制裁破りに関わった―とある。H・K氏のモザイクなしのパスポート写真まで公開されていた。
H・K氏は、佐賀に本籍がある1950年6月生まれの日本人男性だ。キム・バク(Kim Bak)という名前でも知られ、9社の船会社を所有し、北朝鮮の乗組員を乗せた7隻の船舶の運航に関わったという。グローリー・シッピング(H.K.)はその中の1社として登場する。
制裁情報をまとめたサイト「OpenSanctions」によると、グローリー・シッピング HKは、SKIFと北朝鮮船籍の制裁対象船「TAE YANG」の関連会社となっている。
名前の似た2社は同一か
SKIFを保有する会社と、H・K氏の所有会社—名前が似通った2社は同一なのか。どちらも香港籍で、表記の揺れの可能性も考えられる。複数の船舶データベースには、グローリー・シッピング HKしか登録されていない。同時に、10社前後のほぼ同じ名前の船会社が並ぶ。
ウェブで検索を続けること数時間。確証が得られないまま、時間だけが過ぎていく。さらに、AIの力を借りて調べたところ、グローリー・シッピング(H.K.)が登録されている別のデータベースにたどり着いた。
東シナ海で北朝鮮船籍タンカー「YU PHYONG 5」と「瀬取り」をした疑いのある船籍不明の小型船。北朝鮮タンカーと離れた後、中国国旗を掲揚した=2018年6月22日(防衛省提供)そこには「グローリー・シッピング(HK)」という社名とともに、電話番号(+852 5XXX 1XXX)が書かれていた。国連の報告書にあったH・K氏の関連企業が使い回していた番号だった。グローリー・シッピング HKには、別の企業番号が振られており、少なくとも登記上は別の会社であることが分かった。
瀬取りを繰り返す北朝鮮・ロシア船
北朝鮮は東シナ海で「瀬取り」と呼ばれる船から船へ積み替えを行い、石油精製品の調達を続けている。
ロシアやイランの原油タンカーは、シンガポール海峡を通過した後、マレーシア沖で瀬取りを行っている。瀬取りの前後には位置情報の発信を止めるため、追跡ができない。〝ロンダリング〟された割安の石油は、最終的に中国が輸入しているとされる。
人気観光地のすぐ側を通り抜ける影の船団は、日本と無関係ではない。(シンガポール 西山諒)