まさに「ようやく」だった…史上最大の大絶滅から回復したばかりの生態系を襲った「三畳紀末の大量絶滅」。その前夜の、繁栄する生命世界(佐野 貴司)
46億年にわたる地球史において、想像を絶するような超巨大噴火が何度も起こりました。そして、その巨大な火山活動が、時に何十万年もの期間で続く気候変動や海洋の酸素減少などを引き起こし、生物の大量絶滅をもたらしたと考えられています。
生命の歴史40億年間のなかで、とくに大規模な大量絶滅が5回あったとされ「ビッグ・ファイヴ」と呼ばれていますが、そのいずれにも、超巨大噴火が関わっていたと考えられています。
一方、大量絶滅は多くの生物種が姿を消す事象ですが、その後には新たな種があらわれ、結果として生物の進化につながってきたという側面もあります。つまり、地球の大規模な火山活動が、生命の進化を促してきた、という意外な側面があるのです。
生命の進化を、地球の地質活動から検証するという視点が注目を集める『超巨大噴火と生命進化』(講談社・ブルーバックス)から、注目に値するトピックをご紹介していきます。
今回は、「ペルム紀末の大量絶滅」の影響は次の大量絶滅が訪れるころまで続きました。ようやく回復しようとしていた生命の世界と、早くも近づいてくる「三畳紀末の大量絶滅」の足音について解説します。
*本記事は、『超巨大噴火と生命進化 地球規模の環境変動が大量絶滅と進化をもたらした』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。
史上最大の大絶滅の、その後
ペルム紀末の大量絶滅は、生態系の基盤となる海域の生物礁と陸上の森林の大多数を消し去ってしまうイベントでした。この大量絶滅以降、海に生物礁が見られず、陸に樹木がほとんど生えていない時期が2000万年間は続いていたと推測されています。
それでもペルム紀末の大量絶滅から2000万年を超える時が経過した三畳紀の後期になると、海には再び生物礁が形成され、陸上にも裸子植物を中心とする森が形成されてきました。
三畳紀の気候は温暖であり、北極と南極に近い大陸上に氷床は存在しなかったと考えられています。赤道付近と極域との気温差は少なく、高緯度域にシダ種子類や針葉樹類が緑豊かな大地を形成していきました。海域でも赤道から温帯域に広がる暖かなテチス海に新たなサンゴ礁が形成されていきました。
このような森林や生物礁を主な生息域とし、ペルム紀末の大量絶滅を生き延びた動物達から派生した新たなグループが繁栄してきたのです。
現生のヤブレガサボウシ。ヤブレガサボウシ科の植物は、温暖なこの時代に植生を広げた photo by gettyimagesサンゴ礁の出現と、大繁栄するアンモナイト
三畳紀の後期になると、熱帯域にはペルム紀までとは異なる生物礁が発達しました。これはがっちりとした石灰質の骨格からなるイシサンゴや六放サンゴであり、現在のサンゴ礁と同じです。そのため、三畳紀以降の生物礁はサンゴ礁とよぶようにします。この時代、小さなサンゴ礁は浅海のあちこちに形成され始めていました。そしてコケムシ、ウミユリ、海綿類などのさまざまな動物も生息し、サンゴ礁を彩っていました。
現生のイシサンゴ類が広がるサンゴ礁 photo by gettyimagesこれらサンゴの枝の間や海底を動き回っていたのが、ペルム紀末の大量絶滅を生き残った腕足類、腹足類、棘皮動物、魚類、爬虫類でした。ただし、新たに海洋で繁栄した生物はペルム紀に比べて小型化していました。たとえば、腹足類のサイズは1/4程度になっていました。
一方、生物の種類によってはペルム紀と同じサイズのものもありました。そして現在の海に生息しているものと似た形をしている二枚貝やウニ類も海底を覆っていました。
三畳紀の海に生息していた動物の中で特記すべきなのはアンモナイトです。
ペルム紀末の大量絶滅をかろうじて生き残ったセラタイト目は世界中の海に適応放散し、三畳紀を通じて繁栄しました。三畳紀に入ってからの1000万年間で特に多様化し、ペルム紀に占めていた生態ニッチのほぼすべてを占有し、属の数は150以上にも膨れ上がったのです。そして後のジュラ紀や白亜紀に大繁栄するアンモナイト目が派生してきました。
セラタイト目の化石 photo by gettyimages捕食者「魚竜」の登場と繁栄
三畳紀の海に貝類、魚類、アンモナイトの多様性が回復したことで、それらを餌とする大型の捕食者が現れました。それが中生代の海に最も勢力を伸ばした魚竜(イクチオサウルス)の仲間です。
魚竜は爬虫類ですが、現在のイルカによく似た外形をしており、高度な遊泳能力があったと考えられています。三畳紀前期の魚竜類は体長が1〜3m程度でしたが、後期には15mを超える巨大なものも遊泳していました。海に繁栄していた爬虫類としては、プラコドン類やノトサウルス類の存在もあげられます。
イクチオサウルスの復元像。魚竜には、宮城県南三陸町の大沢層で発見されたウタツノサウルなどもあげられる illustration by gettyimagesプラコドン類はへら状の前歯と平板状の奥歯が特徴的であり、貝類をかみ砕き、すりつぶして食べていたと推測されています。体長は現在のアザラシ程度でした。ノトサウルス類は長い首に特徴があり、大きな個体の全長は4mにもなっていました。船を漕ぐオールのような四肢を用いて魚竜や大型の魚を追いかけて捕食していたと推測されています。
200万年間におよぶ湿潤な気候が、陸上生物の多様化を促す
三畳紀に入ると陸上の内陸では乾燥化が進みました。これは超大陸パンゲアの北上にともなって赤道周辺の陸地面積が増えたことに関連しています。乾燥化は三畳紀の後期にかけてさらに進行していきましたが、カーニアン期(2億3700万年前〜2億2700万年前)には約200万年間におよぶ湿潤な気候も経験しました。これはカーニアン多雨事象とよばれ、この時代の陸上生物の多様化の一因になったと推測されています。
赤道付近の大陸内部では、三畳紀の乾燥状態に比較的強いシダ種子類、針葉樹、ソテツ類が茂みをつくっていました。ここを住処としていたのが昆虫、クモ、ムカデなどの無脊椎動物でしたが、石炭紀やペルム紀の先祖に比べると明らかに小型化していました。この小型化したサイズは現在にも引き継がれています。また茂みには現在のものと姿があまり変わらないミミズやカタツムリも生活していました。
大型ワニなど、水辺で繁栄した両生類や爬虫類
湖沼や河川の水辺にはさまざまな両生類が生息していました。豊富な小型の無脊椎動物を捕食することにより繁栄できたのです。この時代の両生類のなかで分椎類とよばれるグループは大型の肉食動物として知られており、全長6mにも達するマストドンサウルスなどの存在が確認されています。
マストドンサウルスの復元像 photo by gettyimages水辺には、現在見慣れている動物達も生活していました。両生類のカエルやサンショウウオ、爬虫類のカメなどです。現在のニュージーランドに生息しているムカシトカゲも三畳紀の後期に出現していました。
三畳紀の陸上で肉食動物の頂点に君臨していたのがワニの仲間である偽鰐類や植竜類です。
頭蓋骨だけで1mを超える偽鰐類のラウイスクス類は四足歩行をし、強力な鋭い歯で植物食の恐竜を捕食していたと考えられています。偽鰐類のポストスクスの全長は5〜6m、デスマトスクスの全長は4〜5mもありました。植竜類は三畳紀に繁栄した大型の爬虫類であり、現存のワニと体型が似ていました。体長が4mにも達するフィトサウルスは、水辺の食物連鎖の頂点であったと考えられています。
恐竜、翼竜、哺乳類の登場
ジュラ紀や白亜紀に大繁栄する恐竜も三畳紀の後期には登場していました。しかし偽鰐類や植竜類に比べると小型であり、体長が3mを超えるものは稀でした。それでも草食で全長が8mにも達するプラテオサウルスや、肉食で全長が3m程度のコエロフィシスなどの存在が知られています。
空のようすもペルム紀までとは異なっていました。ペルム紀末に大型の昆虫が大量絶滅したことで、樹上や制空権のニッチが空き、そこへ爬虫類の翼竜が進出してきたのです。
三畳紀の後期以降、翼竜は多様化に成功して世界各地へ分布を広げます。そしてジュラ紀や白亜紀の空の王者として君臨しました。
三畳紀を代表する翼竜、エウディモルフォドンの復元像 photo by gettyimages三畳紀を代表する翼竜としてはエウディモルフォドンがあげられます。翼を広げた際の幅は約1mの翼竜です。翼竜は細い頭、長く伸びた第四指で支える翼、体温を一定に保つための羽毛、そして軽量化に成功した骨格と、空を飛ぶための形質を備えていたのです。
三畳紀の後期に出現した動物の中で、最後に注目したいのが哺乳類です。