「誰も責任負わないのはおかしい」…東電株主ら逆転敗訴で怒り
東京電力福島第一原発事故で生じた損害の賠償責任を東電の旧経営陣が負うべきかが争われた株主代表訴訟で、東京高裁は6日、巨額賠償を命じた1審判決から一転し、「法的責任は問えない」との判断を示した。事故から14年。責任追及を続けてきた原告らは「誰も責任を負わないのはおかしい」と憤った。(糸魚川千尋、杉本和真)
「原告らの請求をいずれも棄却する」。6日午前11時、東京高裁の101号法廷。木納敏和裁判長が主文を読み上げると、支援者らで埋まった法廷にどよめきが広がった。
「旧経営陣の対応を不合理と断ずることはできない」「津波に切迫感を抱かなかったのもやむを得ない」。裁判長が淡々と理由を述べると「おかしい」と怒号が飛んだ。
判決後、東京・霞が関の高裁前で「不当判決」と書かれた紙を掲げた原告代表の木村結さん(72)は「なぜ誰ひとり責任がなかったとの判決が書けるのか。許せない」と語った。原告側は最高裁に上告する方針だ。
事故の被災者らは今回の訴訟を含め、国や東電の責任を追及。多数の裁判で「巨大津波を予測できたか」「事故を防ぐ対策を取ることができたか」との点が争われてきた。
事故で避難を余儀なくされた住民が国に賠償を求めた集団訴訟では、最高裁が2022年6月、「津波が想定より大きく、対策をしても事故は防げなかった」と国の責任を否定。被災者らの告訴・告発を受け、強制起訴された旧経営陣の刑事裁判でも、最高裁が今年3月、「津波を現実的な可能性として予測できなかった」と結論付けた。
旧経営陣に13兆円超もの賠償を命じた22年の東京地裁判決に対し、この日の高裁判決は賠償責任の認定に高いハードルを課した。事故を防ぐには原発の運転停止が想定されることから、「多くの利害関係者に正当性を示せる合理的な根拠が必要だった」とした。
福島県沖で巨大地震が30年以内に発生する可能性を示した国の機関による「長期評価」について、地裁は「信頼性がある」としたが、高裁は見方を一変させた。旧経営陣の責任を認めるのに「消極方向に働かせる事情」が多数あると指摘し、「見解を否定する論文が存在する」「国や自治体でも採用されていない」と次々にマイナス面を挙げた。
そして、「被害が甚大との理由で責任を拡大して負わせることはできない」と旧経営陣の賠償責任を否定し、「事故の損害に対する責任は東電が集中して負うべきものと解するほかはない」と述べた。
判決後の記者会見で、株主側の弁護団長を務める河合弘之弁護士は「次の原発事故を招きかねない不当な判決だ」と批判した。
一方、旧経営陣の代理人弁護士は「コメントは差し控える」とし、東電は「福島県民の皆様をはじめ、広く社会にご迷惑、ご心配をかけ、心からおわびする。個別の訴訟については回答を控える」とのコメントを出した。
安全対策見直す機会に
山田泰弘・立命館大教授(会社法)の話「高裁は旧経営陣の法的責任は認めなかったが、今後は同様の状況でも賠償責任を負うことを示唆した。原発事業者は利益より安全を優先すべきだとのメッセージが込められており、経営陣は慣例にとらわれず、安全対策を常に改善し続けることが求められる。判決は安全対策にコストがかかる原発事業について電気を使う市民も含めた議論を促しており、そのあり方を社会全体で見直す機会にすべきだ」
最高裁判断と矛盾しない
元東京高裁判事で原発訴訟に詳しい升田純弁護士の話「旧経営陣の過失が認められるのは、『長期評価』に関する検討や判断の過程において、著しく合理性を欠いた場合とするのが原則だ。地裁は被害の甚大さを重視するあまり、合理的かどうかの認定が厳密ではなかった。高裁は、長期評価の内容や旧経営陣の判断を詳細に分析し、著しく不合理とまでは言えないと結論付けた。これまでの最高裁判断とも矛盾せず、妥当な判決だ」
被災者「責任もって復興に取り組んで」
原発事故の発生で、福島県内では11市町村に避難指示が出された。事故から14年以上がたった現在も、住民が住むことができない帰還困難区域が7市町村に残り、2万4644人(2月1日時点)が避難生活を続けている。
原発が立地する同県双葉町を離れ、埼玉県加須市で避難生活を続ける菅本章二さん(69)は「(旧経営陣は)原発の安全神話にあぐらをかいていたのではないか。人災と言ってもいい事故で、判決には納得ができない」と語気を強めた。
判決を冷静に受け止めた住民も。福島県双葉町で語り部活動を続ける高倉伊助さん(69)は「天文学的な金額の賠償を個人に求めるのは現実的ではなかった」と話す。一方で、東電に対しては「事故の責任があることは間違いない。責任を持って被災地の復興に取り組んでほしい」と注文を付けた。