トランプ政権、今年後半に国防費増額と武器売却優先の関連付けを開始
トランプ大統領は2月「米国第一主義の武器移転戦略」と名付けられた大統領令に署名、カデナッツィ国防次官補は「対外有償軍事援助プロセスの刷新は今年後半に具体化する」と言及し、本当に国防費増額(3.5%)と武器売却優先を関連づけた政策を実施してくるようだ。
参考:Changes to US weapons sales practices should emerge later this year, says Pentagon official 参考:「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」を党議決定
トランプ大統領は2月6日「米国第一主義の武器移転戦略」と名付けられた新たな大統領令に署名し、この命令は「武器移転に関わる関係者への明確な方向性と実施方針の策定」「武器移転に指針を与える戦略の確立」「各省庁間のプロセスの合理化」で構成され、その中身を端的に言えば「武器売却において米国内の生産利益をより強く反映させ、市場に投入すべき装備品の新規リストを作成し、国防支出を増額させた諸外国への武器売却に関する優先順位付けを行う」というものだ。
出典:The White House
大統領令には「我々の軍事的優位性と技術的優位性を維持するため、米国第一主義の武器移転戦略を確立、導入、実行すべき時が来た」「この戦略は諸外国による米国製兵器の購入と資本を米国の生産能力構築に活用し、将来の武器売却において米国の利益を確実に最優先させるものだ」「米国は武器売却および移転を通じて国防総省の調達・維持活動を強化する」「これには重要なサプライチェーンのレジリエンス構築や、米国及び同盟国・パートナーの即応性に影響を及ぼす優先コンポーネントおよび完成品のバックログ増加の回避が含まれる」と記述されている。
Breaking Defenseは「ヘグセス国防長官とルビオ国務長官は90日以内に『EEUM(強化されたエンドユーザーの監視)が必要な武器や能力を判断する明確な基準』を策定しなければならない。そして120日以内に同盟国やパートナー国に購入を推奨する『優先プラットフォームの販売カタログ』を起草しなければならない。そのため実施計画を担う米国軍事販売促進タスクフォース=Promoting American Military Sales Task Forceが設立される予定だ」と報じた。
出典:U.S. Air Force photo by Airman 1st Class Spencer Slocum
さらに「この大統領令は安全保障の負担共有を強化する中で、米国の防衛産業基盤を強化し、自軍および同盟国やパートナーを支援する能力を確実に確保するためのものだ」「自国の防衛能力への投資を強化し、米国の戦略において重要な役割や地理的条件を有する国々が『武器売却交渉において優先される』と言及している」と指摘し、ヘグセス国防長官もアジア安全保障会議で「米国の納税者の寛大さにただ乗りし続けることができると信じている国々に告ぐ、そのような時代は終わったのだ」と述べ、全ての同盟国やパートナー国に国防費をGDP比3.5%に引き上げるよう要求し「拒むなら明確な変化に直面する」と警告した。
“トランプ大統領は絶対的な基準を設定した。我々は同盟国やパートナー国に3.5%を要求しているが、我々自身はその数字をはるかに超えて投資をしている。すべての同盟国やパートナー国がこれと同等の決意を示すことを期待している。この課題に立ち向かい真のパートナーとして責任を受け入れる国々への恩恵は明らかだ。我々はモデルとなる同盟国、すなわち最も能力が高く、現実を直視し、自国の国益を守る準備ができている国々との協力を優先する。そうした国々に対しては優先的に対応し、武器販売の迅速化、産業基盤における緊密な協力、情報共有の拡大など、多くの国に利益をもたらす様々な施策を実施する”
出典:Secretary of War Pete Hegseth
“米国の納税者の寛大さにただ乗りし続けることができると信じている国々に告ぐ、今こそ我々の声を聞くべきだ。もうそのような時代は終わったのだ。我々の集団防衛のために自ら立ち上がり、自らの負担を拒否する同盟国は、我々の仕事のやり方における明確な変化に直面することになるだろう。トランプ大統領は自ら国を守る国を助けることを信条としており、国防総省も全く同じ考えだ。それこそが負担分担の本質で、それは我々が互いに負うべき義務であり、私が米国の国民と兵士に対して負う義務なのだ”
6月上旬に大統領令が規定した120日の期限を迎え、マイケル・カデナッツィ国防次官補は「武器売却手続きの刷新は今年後半に具体化する見通しだ」と述べ、米国内における生産上の利益をより重視し、国防費増額により多く投資した国への武器売却を優先する「対外有償軍事援助(FMS)プロセスの刷新」は本当に実行されるようだ。
出典:Lockheed Martin
“マイケル・カデナッツィ国防次官補は「米国第一主義の武器移転戦略の枠内で課されたすべての事項を予定通りかつ目標通りに進めている」「我々はそれに関連する一連のイニシアチブ、すなわち販売カタログなどを抱えており、我々が担当する部分はすでに提出済みだ」「最も困難なのは段階的なスケジュールを組むことだ」「あまりにも多くの事案が一度に組織全体に押し寄せており、我々は今まさにその影響を目の当たりにしている」「この全面的な刷新には流動的な要素が非常に多いため、初期変更が実施されるのは今年後半になる見通しだ」「その変更も1年で完了するようなものではなく漸進的なものになるだろう」と語った”
Breaking Defenseは「カデナッツィ国防次官補の発言は米国第一主義の武器移転戦略発表を受けてのもので、この大統領令は米国が他国に武器を売却する際『米国内における生産上の利益をより重視すること』『自国の国防費により多く投資している国への武器売却を優先すること』を求めている」「同盟国やパートナー国への武器売却プロセス全体の抜本的見直しは、トランプ政権が一部の対象国を公然と非難している時期と重なっている」「一方で購入国の一部からは生産ラインの長い待機列に対する懸念や、対イラン作戦で消費した武器補充ために納入遅延の可能性があると通告されることへの不満の声が上がっている」と指摘。
出典:16 Dywizja Zmechanizowana
“ポーランド軍のピョートル・ブワジェウシュ中将(NATO・EU軍事委員会に派遣されているポーランド代表)は欧州諸国が米国に「このシステムを購入したい」と伝えると「わかりました」「ただし納入は2029〜2030年になります」「その納期すら遅れる可能性があります」と言われる。だから欧州諸国は欧州製であれ、他の地域であれ、市場から何が調達できるのか調べ始めた。もう米企業が得意とするような「過剰なまでに高性能で高価なソリューション」は求めておらず、欧州諸国は「より手頃な価格や迅速な納入が可能な必要十分な性能を備えたソリューション」を探している”
“ポーランドは米国製システムを強く信頼しているし、(既存のシステムへの)統合も容易だが、納入が長い上に国内での維持・修理・オーバーホール(MRO)能力を制限してくるため、我々を代替システムの取得に向かわせたのだ。そして我々が選んだのは韓国製だ。その理由は我々が必要としていたものを、これほど短期間で納入できるのは韓国の防衛産業だけだったからだ。もちろん、我々は米国を含む複数の選択肢に打診したが、残念なことに納期が相当先だった。我々はどうしてもこのタイミングで何かを手に入れる必要があったし、韓国は現地での修理能力を制限せず、積極的にMRO拠点を欧州域内に立ち上げている”
出典:Ministerstwo Obrony Narodowej
この件について戦略国際問題研究所(CSIS)のトム・カラコ氏は「我々がこれから目にすることになるのは『同盟国に米国システムをより多く買ってほしいという政権の明確な要望』と『備蓄を補充するために自国を最優先しなければならない必要性』との間で生じる避けられない緊張関係だ」と述べており、ブワジェウシュ中将の発言を取り上げたBreaking Defenseも複数のアナリストの発言を引用して「米国製システムの購入から離脱するという大きな変化の兆しはまだ見られないが、同盟国の納入順位を後回しにする決定が各国に代替案を模索させる契機となり得る」と指摘している。
同盟国やパートナー国にとってFMSプロセス刷新は「米国製システムの購入手続きが簡素化される」「納期厳守や納期短縮に取り組む」「FMSプロセスの透明性を確保する」「技術移転や整備権限に関する制限を緩和・撤廃する」といったポジティブなものではなく、トランプ大統領が設定した絶対的な基準=3.5%達成国への武器販売優遇を掲げながら「米防衛産業の利益をより多く確保するため米国製システムを同盟国とパートナー国により多く購入してもらいたい」「同時にFMSの権利を利用して自国の備蓄補充を最優先する」「そのためなら契約上の納期や納入順位を守らない」という相反する内容で、この不公平さを正論で語っても無意味だ。
出典:LIG Defense&Aerospace
欧州は安全保障や防衛力の自立を目指しているため、徐々に米国製システムへの依存を引き下げていく可能性が高いものの、短期的には非常に大きな影響を受けるだろう。逆に中東諸国は莫大な資金を米国産業界や米国製システムの購入に投資しているためFMSプロセス刷新は有利に働く可能性が高い。
東南アジア諸国や南アジア諸国も伝統的に安全保障の後ろ盾=武器調達先を分散させてきたため影響を受けにくく、台湾、韓国、オーストラリアはトランプ大統領が設定した絶対的な基準(もしくはそれに近い水準)達成を政治的に約束しているため「政治的な攻撃対象になる可能性」や「FMSプロセス刷新の悪影響」も最小限になるかもしれないが、安全保障を米国に依存している日本の立場は非常に微妙だ。
日本は2025年度に当初予算と補正予算を合わせて約11兆円を支出し「2.0%を達成した」と、小泉進次郎防衛相は4月「今月7日に成立した2026年度予算のうち防衛関連費(防衛費が約9兆円+公共インフラ整備や海上保安など安全保障に資する関連費用が約1.6兆円)がGDP比で1.9%になった」と発表、毎年のように編成している補正予算で防衛費を積み上げてくる可能性が高いため、2026年度の最終的な防衛関連費のGDP比も2.0%を達成すると示唆しているが、これは各国が採用するNATO基準の数字ではない。
小泉防衛相は記者から「2026年度のGDP見通しを基準にした場合の数字も教えてほしい」と質問され「現在の安全保障関連文書が作成された基準年が2022年度のGDPなので、2022年度のGDP(560兆円)を基準として年間防衛費を比較するのが適切だが、仮に令和8年度の見通しGDPを用いて計算をすると1.5%になる」と述べ、2.0%を達成した2025年度も令和7年度の見通しGDPを用いたNATO基準で計算すると1.6%程度で、西側主要国のなかでも最低水準である。
出典:自由民主党
自由民主党安全保障調査会は11日に公表した「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」の中で「安全保障を確保するための予算」に言及し、諸外国の状況として「NATO加盟国は2035年までに3.5%」「韓国は可能な限り早期に3.5%」「豪州は2033年度までに3.0%」を、主体的判断として「具体的かつ現実的な議論を積み上げた上で防衛力強化とその裏付けとなる予算を確保し、5年以内に防衛力の変革を成し遂げる」と、国民の理解として「必要不可欠な経費を積み上げて防衛力整備計画を作成し、その実現に向けた財源の確保とあわせて納税者である国民に対して丁寧に説明し理解を得る必要がある」と言及した。
“国家安全保障の最終的な担保は防衛力であり、防衛力の強化なくして我が国の平和と安定そして繁栄はあり得ない。厳しさを増す安全保障環境の中で防衛力の抜本的強化と速やかな変革が不可欠である。厳しさを増す国際情勢を背景として、NATO諸国は2035年までに中核的国防支出を対GDP比で3.5%とする目標に合意し、韓国は可能な限り早期に国防費を対GDP比3.5%に、豪州も2033年度までに国防費を対GDP比で3%に引き上げる旨を表明した”
出典:自由民主党
“自国を守る覚悟のない国を助ける国はない。我が国としても自国防衛の国家意思を明確に示し、地域における平和と安全を守る旗手としての覚悟と決意を示すことが必要である。これは我が国の防衛力整備の実質的な進展と相まって日米同盟の抑止力・対処力を一層強化し、同志国との協力をさらに強固にすることにもつながる。したがって、我が国周辺はもとよりグローバルな安全保障環境が加速度的に厳しさを増していることを考慮し、NATO諸国や韓国・豪州等の中長期的な国防予算の取組も踏まえつつ、我が国の主体的な判断の下、具体的かつ現実的な議論を積み上げた上で防衛力強化とその裏付けとなる予算を確保し、装備・体制の両面において5年以内に防衛力の変革を成し遂げるべきだ”
“その際、政府は我が国の独立と平和を守り抜く上で必要不可欠な経費を積み上げて防衛力整備計画を作成し、その実現に向けた財源の確保とあわせて納税者である国民に対して丁寧に説明し理解を得る必要がある。また政府は総合的な防衛体制の強化に資する取組等、我が国の国力をトータルに活用し安全保障を確保するための取組も一層進めるべきである。同時に我が国の安全保障の礎である経済・金融・財政の基盤強化に不断に取り組むべきである”
出典:首相官邸
恐らく高市政権は「我が国の主体的な判断の下、具体的かつ現実的な議論を積み上げた上で防衛力強化とその裏付けとなる予算の確保を目指したら、たまたま対GDP比で3.5%水準になった」という達成すべき数字に合わせて金額を積み上げてくると思うが、トランプ政権も「来年から3.5%まで引き上げろ」といってはおらず、NATO加盟国の大半と韓国は「国防費を3.5%水準に引き上げる財源確保や増額した資金を何に使うのか」を棚上げして「国防費を3.5%水準に引き上げる」という政治的約束をしているだけだ。
2025年予算で3.5%を達成している国はポーランド(4.48%)、リトアニア(4.00%)、ラトビア(3.73%)の3ヶ国だけ、2026年の承認済み予算ではエストニア(5.4%)、リトアニア(5.38%)、ラトビア(4.91%)、ポーランド(4.8%)だけ、2026年予算で3.0%を達成してくる国は米国、デンマーク、ノルウェー、台湾で、2.5%~3.0%を達成してくる国はドイツ、フランス、英国、オランダになり、3.5%未達の中でドイツだけは3.5%達成の財源を法的に確保している。
出典:Japan Maritime Self-Defense Force
日本に欠けているのは「防衛関連費を3.5%水準に引き上げること」ではなく「防衛関連費を3.5%水準に引き上げるという政治的約束」であり、米国第一主義の武器移転戦略が実行に移されようとしているため、愚直に主体的な判断の下「具体的かつ現実的な議論を積み上げた上で防衛力強化とその裏付けとなる予算の確保」をしていたらFMSプロセス刷新時期に間に合わない可能性が高く、ひとまず「防衛関連費を3.5%水準に引き上げる」と政治的約束を表明したほうがいいのではないだろうか?
日本は安全保障を米国に依存し、自主国防も安全保障の後ろ盾を多様化させる気もないので、安全保障を人質に取られた状態で「防衛関連費を3.5%水準まで引き上げる必要はない」という政治的選択は難しく、FMSプロセス刷新で冷遇されるようになったら目も当てられない。
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※アイキャッチ画像の出典:U.S. Air Force photo by William R. Lewis