不法移民に揺れるリベラル都市ニューヨーク 「聖域」に3年で23万人流入、不満強まる トランプのアメリカを歩く

米ニューヨーク中心部で、移民の一時滞在先となっている「ルーズベルトホテル」(本間英士撮影)

全米屈指のリベラル都市ニューヨークが不法移民の増加に揺れている。ニューヨークは野党・民主党の地盤であり、不法移民に寛容な政策をとる「聖域都市」の一つだが、近年は不法移民の増加で市民の体感治安が悪化。「これ以上来てほしくない」と不満が強まる一方、労働力として「この街に欠かせない存在」との声も上がる。

移民が「占拠」した往年の高級ホテル

ニューヨーク市中心部マンハッタンにそびえる摩天楼。そのすぐ近くに、正式な滞在資格のない移民が集まる場所がある。新型コロナウイルス禍による経営行き詰まりで2020年に営業を終えた往年の高級ホテル「ルーズベルトホテル」だ。改装され、亡命(難民)申請中の移民を一時保護するシェルターとして使われており、周囲には独特の張り詰めた空気が漂う。

「移民が高級ホテルを占拠している」

トランプ大統領(共和党)は就任前からこう批判する。同市は全米随一の急激な物価上昇に苦しんでおり、複数の市民が内心では違和感や怒りを覚えたと振り返る。市民の自分たちよりも、移民を優遇している―と。

不法移民の取り締まりに強硬姿勢を示すトランプ政権の影響もあり、このシェルターは6月で閉鎖予定。近くで働く女性は「この周辺は空気が怖かった。正直ほっとしている」と打ち明ける。

同市で中南米などからの移民が急増したのは民主党のバイデン政権だった22年。南部テキサス州など共和党が優勢な州の知事らが、ニューヨーク市に当てつけのように不法移民らを送り込んだ。同市は22年春から現在までに23万人超が流入したと推測する。

「皆、口ではきれいごとをいう」

米国は歴史的に世界各地からの移民を受け入れてきた国だ。特にニューヨーク市は人種的多様性に富み、母国の戦禍や治安悪化から逃れて米国に来た不法移民は「守るべきだ」との声も強い。

だが、身の回りの不法移民は目に見えて増え、一部はギャングに加わって街を荒らした。昨年11月の大統領選で共和党のトランプ氏はニューヨーク州で善戦。ブルームバーグ通信は「物価上昇と不法移民急増に対する有権者の懸念」が理由だと報じた。

ニューヨーク市中心部マンハッタンに住む30代の投資家は語る。

「ニューヨークはリベラルな街だから口では皆きれいごとをいう。でも多くの米国人は心の底で、これ以上不法移民に来てほしくない、税金でこれ以上彼らを助ける必要はないと思っている。そうでなければトランプが大統領に当選するはずがないだろう」

市によると、市内のシェルターに滞在する移民の数は昨年のピーク時の約7万人から約4万人超に減少した。だが、現在もシェルターの周辺では不法移民に対する不信感が色濃く残る。

「数年で不法移民が増え、シェルターにいる一部が万引や暴行などの問題を起こしている。近所の多くの人が不安に感じているが、それを公言することも怖がっている」

北部ブロンクス地区で小売店を営むカルロス・コラード氏(57)はこう語る。以前は民主党を支持していたが、昨年11月の大統領選では初めてトランプ氏に票を投じたという。「トランプ氏は法と秩序の確立を優先していると感じたからだ。最近は状況がやや改善しているが、それはワシントンからの『圧力』があるからだと思う」

「追い出せばマンハッタンが回らない」

しかし、不法移民さえ排除すれば万事解決というわけではなさそうだ。

マンハッタンのレストランで働く米国人男性(23)は「僕のいる店でも少なくとも10人は働いている。移民・税関捜査局(ICE)が来るかもしれないから名前は出さないで」と前置きして語った。

「レストランや清掃、宅配サービス…。朝から晩まで勤勉に働く彼らを全員追い出せば、マンハッタンの街は回らなくなる。政府がすべきなのは彼らを追い出すことではなく、合法的に働き続けられるシステムを築くことだと思う」

トランプ政権の「やり過ぎ」を指摘する声もある。ブロンクスではICEなどが不法移民の一斉検挙を実施。近隣住民のホセさん(65)は渋い表情で短く語った。「彼ら(不法移民)も納税者だ。まじめに働く人たちは放っておいてほしい。(ICEは)やり過ぎだ」

(ニューヨーク 本間英士)

米国の不法移民 国境を越えて不法入国した人や、ビザ(査証)失効後に不法滞在する人。米国土安全保障省の報告書によると、2022年の推計数は約1100万人。不法越境者の多くは亡命(難民)申請中、一時的な避難場所としてシェルターなどで暮らすが、亡命申請を認められず、そのまま不法移民となる場合も多い。米税制・経済政策研究所(ITEP)では、不法移民の6割が連邦政府や州政府に納税していると推計している。

トランプ政権を発足させた米国の現実はどのようなものか。米国人はトランプ政権が矢継ぎ早に打ち出す政策をどう受け止めているのか。各地を歩き、人々の生の声を伝える。(随時掲載)

関連記事: