株最高値の日本市場に浮かれるな、日銀会合や企業決算に半身の投資家
日本と米国による予想外の貿易合意は金融市場に激しい動きをもたらし、日本の株価は最高値を更新、同時に国債には売りが広がった。
トランプ米大統領による日本時間23日の合意発表後、自動車株の急騰がけん引して東証株価指数(TOPIX)は史上最高値を更新した。久々の好材料に投資家は沸き、貿易合意の詳細を巡る厄介な問題はもちろん、参議院選挙での大敗を受けて不安定な立場にある石破茂首相の進退にはほとんど目を向けなかった。
しかし、熱気が冷めて国内の課題に視線が戻る中、投資家の間では今回の歴史的な株高が今後の流れを示すものなのか、それとも今後数週間から数カ月にわたって複数の不安要因を抱える市場にとって一時的な現象に過ぎないのか、疑問の声が上がっている。
「合意が成立して市場には大きな安堵(あんど)感が広がったものの、今は『ちょっと待て、浮かれ過ぎるな』という空気になっている」と、みずほ銀行の経済・戦略責任者ビシュヌ・バラサン氏は話す。「『失血死』は免れたという意味では安心材料だが、まだ集中治療室とはいかないまでも、応急処置中の段階にあることに変わりはない」と語る。
日本の投資家にとって厄介なのは、どのような好材料にも必ずただし書きがついてくることだ。今回の貿易合意は明らかにプラス材料ではあるが、日本企業が直面する15%の関税は、年初の水準と比べれば依然として高い。経済にとっては追い風になるかもしれないが、それが逆に日本銀行による苦しい利上げを早める可能性もある。
また、石破首相は参院選敗北後に続投意欲を示した際、対米貿易交渉の渦中である点を挙げていた。このため、合意は政権にしがみつく理由を一つ失わせたとも言えるが、逆に合意をまとめた実績が政権維持を正当化する根拠にもなり得る。
こうした中で市場の注目は、目先に控える主要イベントに移っている。今年に入りほかのアジアの株式市場から出遅れ気味の日本株にとって、今後の方向性を占う手がかりとなる可能性がある。
まず31日の日銀金融政策決定会合だ。政策金利の変更は見込まれていないが、早ければ9月にも利上げに踏み切る可能性があるかどうかを巡り、声明や植田和男総裁の発言に注目が集まっている。これは債券と株式の双方にとって下押し要因になり得る。また、富士通や東京エレクトロン、日産自動車など主要企業の決算発表も控えている。
これらの決算は貿易合意の影響を測るには早過ぎるが、日本企業が今後長期にわたる高関税環境にどれほど備えているのかを見極める手がかりにはなる。最悪のシナリオと比べて見た目には良好な数字が出たとしても、それはまだ一時的な安心材料に過ぎない可能性もある。
今回の合意では、米国は日本製品に対する関税を15%とし、25%に引き上げるとの強硬な姿勢を改めた。日本側も5500億ドル(約81兆円)の対米投資を約束したが、その内容はあいまいで、市場関係者はその中身を見極めようとしている段階だ。
「確かに、長期的な上昇相場の土台は整いつつある」と、ロンドンを拠点に日本株専門のリサーチ会社ペラム・スミザーズ・アソシエイツを運営するペラム・スミザーズ氏は指摘。「だが、最大の焦点は日銀の政策と、トランプ氏がこの関税合意を撤回するかどうかにある」と続けた。
財政不安
トランプ氏による対日貿易合意のニュースが流れた当時、人気ゲーム「シヴィライゼーション」に没頭していたというスミザース氏によれば、同氏の「営業部隊」は、日本市場の最新情報を求める顧客からの問い合わせに追われたという。
熱気が広がるのも無理はない。7月の大半を横ばいで推移していたTOPIXは今週4%上昇し、過去最高値を更新。トヨタ自動車の株価は1987年以来の日中上昇率を記録し、ソフトバンクグループの株価も過去最高値を付けた。
貿易合意を受け、日本の10年国債利回りは2008年以来の高水準を記録。金融政策見通しの変化に敏感な2年債利回りも大きく上昇した。
アバディーン・ジャパンの荒川久志取締役兼運用部長は、関税合意はポジティブサプライズだったとした上で、市場がここまで早く動くとは思わなかったと述べた。
週末を前に市場には再び慎重ムードが広がった。日経平均株価とTOPIXはいずれもおよそ1%下落し、アジア全体の株安の流れに加わった。
投資家にとっての主な懸念の一つは、石破政権が野党の要求に屈して消費減税に踏み切り、日本の財政基盤をさらに悪化させるのではないかという点だ。こうした懸念は年初にも市場を揺るがしており、超長期国債への売り圧力が高まる局面が見られた。
今のところ、日本の投資家は答えよりも疑問の方が多い。対米貿易関係はおおむね明確になったが、それ以外の多くは依然として流動的なままだ。市場関係者の間では、今回の株価上昇は合理性というよりも期待感を映したものだとの見方も出ている。
T&Dアセットマネジメントの酒井祐輔シニア・トレーダーは、今回の株高を反射的な動きと表現し、「少し冷静になり、頭を冷やしてよく考える必要がある」と話した。