「人員は足りないぐらいで」遠い家族主義 黒字でも人員削減するパナソニックのリアリズム

パナソニックホールディングス本社=大阪府門真市

パナソニックホールディングス(HD)が黒字ながら1万人規模の人員削減を表明した。楠見雄規社長は労働生産性を徹底して上げることを社内の常識にする考えを示し「人員は少し足りないくらいがちょうどいい」と述べ、波紋も広がる。労働生産性を巡っては創業者、松下幸之助も頭を悩ませ、向上を目指し日本の大手企業で初めて週休2日制を導入した。「物をつくる前に人をつくる会社」を掲げた「経営の神様」と似て非なる手法の勝算は…。23日の株主総会でも焦点となりそうだ。

成長投資続ける力残す

「人の数が仕事に対して少し余裕があるとなると生産性を高めるための創意工夫も起きない。人員が少し足りない中で生産性を上げる努力をして人が成長する」

今年5月、楠見社長は人員削減を発表した記者会見で人員の「余剰感」をこう語った。

同社は主に令和8年3月期に早期退職などで1万人規模の人員を削減する。グループ全体で約21万人いる従業員の5%弱に相当し、パナソニックHD本体や事業会社それぞれに人事や経理など間接部門を抱えており、固定費の増加につながっていた。

同社によると、各部門では長年、営業利益率が目標の下限に達したとたんに人を増やし、改善が止まることも目立っていた。しかも生産や販売、在庫計画を立てる際に人手がかかる古いシステムを使い続けるなど労力の無駄遣いが残った。このため担当者は「5~10年たてばベテラン社員の退職で従業員は減少していくが、黒字の今のうちに手を打ち、成長のために投資し続ける力を残しておく必要があった」と説明する。

同社は昭和4年の世界恐慌で経営危機に直面したときも幸之助は「1人も解雇してはならない」と指示。製造部門は半日休ませて製造量を減らす一方、販売担当には休み返上で在庫の販売に走らせた。解雇を確保した従業員は感激して販売に奔走し、在庫を一掃したうえで工場もフル稼働に戻したという逸話がある。それ以降、同社には雇用を大切にする社風が定着した。巨額赤字を計上した時期に万人単位の人員削減をしたことはあるが、黒字下での人員削減は極めて異例で、社内外に衝撃が走った。

創業者の危機感

労働生産性の向上を目指す挑戦といえば、幸之助が松下電器産業時代の昭和40年に導入した「週休2日制」が語り草だ。

創業者、松下幸之助(パナソニックHD提供)

きっかけは26年に幸之助が米国視察に行ったことだ。幸之助は米国の高い労働生産性に目を見張り、海外の電機メーカーとの国際競争に勝ち抜くだけの高い生産性を持たなければ生き残れないという危機感を持ったとされる。

このため幸之助は35年の経営方針説明会で「5年先に週2日を休みにして、しかも収入がそのために少なくならないようにしたい」と宣言。だが当時の日本では斬新すぎるアイデアだったため労働組合も最初は「そんなうまい話はない」と反対した。

それでも幸之助は「米国では週休2日でも日本の数倍の能率で仕事をするから繁栄している。週の5日は能率を上げて働き、休日2日のうち1日は疲れを癒やす休養にあて、あと1日は教養を高める」と訴えた。すると組合も前向きに取り組むようになった。

ところが39年には不況で同社の業績が悪化。給与を維持したままの導入が危ぶまれたが、幸之助は「うまくいかないときは松下がつぶれるときだ。日本の扉を開く気持ちでやる」との覚悟を示し、宣言通り、完全週休2日制を導入した。

ただ、幸之助は成果には不満だった。導入初の休日となった40年4月に本社講堂に幹部を集めて「米国流の週休2日制の目標を立てて取り組めば画期的な方途が発見できて成果を上げると期待したが、顕著な事例はない。誤りであったと言われないため引き続き相当の努力を要する」と訓示している。

停滞脱却なるか

楠見社長も令和5年に週休3、4日の働き方も選べる柔軟な勤務制度を本格導入し、「働きたくなければ、そこそこの時間だけ働いてくれればいい―と手綱を緩める意図ではない」と強調。リスキリング(学び直し)挑戦の機会をあきらめることなく、家族の介護などの事情で退社するケースをなくすことで、人的資源を最大化することを目指した。そうした取り組みが思ったように労働生産性を高めることにつながらなかったことが、今回の黒字下の人員削減を選択する背景になったとのだろう。

1万人規模の人員削減について楠見社長は「30年にわたる停滞から脱却する第一歩となる。高い労働生産性を実現し、反転攻勢に出る」と意気込みを語る。同社は営業利益を40年前に5700億円と過去最高を計上してから更新していないといい、長年の停滞感の払拭をはかる。

オンラインで記者会見するパナソニックHDの楠見雄規社長

幸之助と労働生産性の向上という同じ目標を掲げるが、手法は正反対にみえる。幸之助ならば従業員を減らすことも給与を減らすこともなく、現有の従業員の能力を最大限に引き出し、イノベーションを生み出すことを考えたはずだ。

時代も規模も、従業員の気質が幸之助のときとは全く違うことは百も承知だが、今回の決断の効果は現時点では見通せない。現経営陣は今後の業績で成果を示していくしかない。(編集長 松岡達郎)

関連記事: