病院内のカフェ、なぜ「タリーズ」が多いのか 100店舗展開を支える運営戦略
病院に行くと、なぜかタリーズをよく見かける。実際にタリーズコーヒージャパン(以下、タリーズ)は4月、山口県内に100店舗目となる病院内店舗をオープンした。
他の大手カフェチェーンの病院内出店はおよそ30~50店規模にとどまる中で、なぜタリーズだけがこれほど出店数を伸ばしているのか。また、街中の店舗とどう違うのか。同社の定常正氏(取締役 常務執行役員 事業開発本部 本部長)に話を聞いた。
病院1号店の好仁会東大病院店(画像:以下、タリーズ提供)病院を「日常の延長」に変える 1割以上が院内出店
「地域社会に根ざしたコミュニティーカフェとなる」を経営理念に掲げるタリーズ。47都道府県に出店しており、2026年4月時点の店舗数は830店を超える。オフィス街の路面店や商業施設内など、さまざまな場所で見かけるが、病院内店舗が全体の1割以上を占める。
病院内店舗の1号店は2004年、東京大学医学部附属病院に開業した「好仁会東大病院店」(東京都文京区)だ。当時、同院には昔ながらの病院内喫茶が設けられていたが、より明るく開放的で、職員や病院利用者が気軽に立ち寄れるカフェをつくりたいと公募を行ったことがきっかけだった(参照:クリニック開業「全国に1店舗しかなかった“病院内店舗”を約15年で88店舗にまで増やしたタリーズの想いとは?」)。
以来、タリーズは20年以上かけて病院内に100店舗を展開してきた。ただ、この数字はあくまで節目に過ぎず、明確な出店目標を掲げて拡大してきたわけではない。
「患者さまや病院職員の方など、限られた環境の中で過ごされている方に、少しでも癒やしの時間を提供したい想いがあります。病院は、私たちの理念を体現できる場所の一つだと捉えています」と、定常氏は話す。
カフェチェーンは数多くある中で、なぜ病院ではタリーズが選ばれるのか。その理由には、同社が20年かけて磨き上げてきた病院内店舗ならではの運営ノウハウがあった。
現場発で磨く「病院仕様」の店づくり
タリーズでは、店舗運営や接客に関する好事例を全店で共有している。加えて、病院内店舗では、病院内ならではの課題や改善案を話し合うミーティングを定期的に開催。店長や責任者が集まり、「こういう声があった」「こうしたらもっと使いやすくなるのでは」といった意見を持ち寄り、必要に応じてマーケティング部門や設計部門に共有する。
実際に、現場発の改善提案から生まれた工夫は多い。
例えば、車椅子の利用者がレジカウンターに近付いて注文しやすいよう、カウンターの足元部分は膝が入る程度にスペースをへこませている。通路幅にもゆとりを持たせるほか、点滴や杖をかけられる特注の椅子、角がないテーブルなど店内設備にも配慮する。
商品を受け取るカウンターも通常よりも低めの仕様。角を丸くし、手すりも設置している病院という場所柄を踏まえた細かな工夫もある。同社は通常、赤色のバリスタマシンを導入しているが、血を連想させるため、病院内店舗では白やシルバーを採用。「フェロー」と呼ばれるカフェスタッフが通常着用するエプロンも、通常店舗より明るめのブラウンに変更している。
患者だけでなく、病院職員にとっても利用しやすい設計を取り入れているのも特徴の一つだ。患者と職員それぞれが気兼ねなく過ごせるよう、職員専用エリアを設けたり、白衣を掛けられるハンガーを設置したりする店舗もある。
こうした配慮は接客面にも及ぶ。タリーズは注文した商品をカウンターで受け取るセルフスタイルを採用しているが、病院内店舗では体の不自由な利用者のために席まで商品を運ぶ。長期間入院している患者のために、店頭には季節の花を模した折り紙を飾ることもある。
コロナ禍の際、タリーズのフェローが医療従事者へ焼き菓子セットとともに送った手紙の花束レジ前の焼菓子を「ご一緒にいかがですか?」と勧める場面でも、糖分やカロリーを制限している患者がいることを念頭に、様子を見ながら声がけをするかどうか判断する。
また、再来店を促すニュアンスは病院という場にはそぐわないという考えから、「またお越しください」の代わりに「ごゆっくりお過ごしください」と伝えることを基本としている。
デカフェ(カフェイン95%以上除去)を病院内店舗で標準展開しているのも、現場からの声がきっかけだ。マウンテンウォーター製法(生豆を水に浸してカフェインを除去する技術)を用いたタリーズのデカフェは「通常のコーヒーと変わらない味」と院内での評価が高く、カフェイン摂取を制限されている患者にも提供できる。
デカフェの提供を始めたきっかけは、妊婦からのニーズだったが、現在では高齢者の就寝前需要に加え、ギフト商品と一緒に購入するケースも増えてきたという。
「患者さま、病院職員の方、それぞれの立場になってみないと気付かないことがあります。ですが、病院だからという理由で特別なことをしている感覚はありません。ただ、そのお店に来てくださるお客さまにとって何が必要なのかを考えた結果、このような形になっていきました」(定常氏)
タリーズは店内設備や空間設計、接客に至るまで、病院という特殊な環境に合わせた店づくりを進めてきた。その積み重ねが、病院ごとのニーズに合わせた店舗設計を可能にし、次の出店にもつながっている。
待ち時間を有意義に過ごせるよう、一部店舗では診察の呼び出しモニターを設置している病院内店舗での運営実績を着実に積み上げてきたタリーズには、病院側からの出店オファーに加え、運営事業者の見直し時にも引き合いが多い。しかし、オファーがあるからといって全てに出店するわけではないという。
一般店舗の出店時と同様に、病床数や職員数、医科大学や看護学校といった関連施設の有無、周辺人口などの商圏調査を実施。立地や想定利用者数などから、事業として成立するかを見極めた上で出店可否を判断している。
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病院内店舗の利用が、病院の外へと波及することもある。象徴的なのが、プリペイド式の「TULLY’S CARD(タリーズカード)」だ。
「病院内店舗では、お見舞いや退院時の贈答用に購入される方が多いです。これは1000円単位でチャージでき、繰り返し使えるプリペイド式のカードで、タリーズコーヒー全店舗で利用できます」(定常氏)
一般店舗では利用者にチャージを推奨することが販促の一手になるが、病院内店舗では積極的な案内は行わない。定常氏は「これも『また来てください』というニュアンスになってしまうため、慎重に運用しています」と話す。
退院する患者が医師や看護師へのお礼として渡したり、見舞い客が差し入れとして購入したりするケースが多い。「THANK YOU」表記入りのカードやデジタルギフトなども販売されている院内で受け取ったカードは退院後や休日に街中の店舗で利用されるほか、見舞客や医療従事者が院外店舗を訪れるきっかけにもなっているという。
さらに、人間ドック受診者向けに、病院側がタリーズカードを配布するケースもある。初めてタリーズカードを手にした利用者がその後、街中の店舗を継続利用することもあり、定常氏は「一定の波及効果はあると感じています」と話す。
「(採算が)トントンでもやる」 事業として成立するのか
病院内出店は、理念を体現する上で意義の大きい取り組みだ。一方で、事業としてどの程度成立しているのか。収益性について、定常氏は「病院によってまちまちですが」とした上で、「(採算が)トントンでもやります」と話す。
その背景には、地域に根ざしたコミュニティーカフェを目指す同社の考え方に加え、病院内店舗ならではの安定した需要がある。医療従事者や入院患者など日常的な利用客が多く、路面店に比べてリピーター率が高いのだ。
また、院外へ出にくい利用者が食事目的で利用するケースも多い。このため、売り上げ構成比に占めるフードの割合は、一般店舗より約10ポイント高いという。特に、季節に合わせた期間限定メニューが好調で、その他にも病院内店限定のフードメニューを展開するなど、病院特有の需要に合わせた商品設計を進めている。
病院内店限定のフードメニュー「芳醇デミグラスのとろとろ卵オムライス」一方で、意識すべき点もある。常連客中心であることは接客などへの評価が口コミで広まりやすいことを意味する。良い評判も悪い評判も広がりやすいため、病院内店舗では一般店舗以上に接客品質を重視している。人員も通常店舗より多く配置し、利用者が心地よく過ごせるように目を配る。
以前、病院内店舗に勤務していた、須崎美紗氏(秘書本部 秘書広報グループ、崎はたつさき)は「病院内店舗を利用するお客さまは、むしろ通常のタリーズを求めて来てくださっている方が多いです」と当時を振り返る。
「重症患者さまが多い病院でも、店内は決して暗い雰囲気ではありません。日常のようにカフェの時間を楽しみたいという方が多く、特別な空間づくりを求められているわけではないのだと、働いてみて実感しました」(須崎氏)
定常氏は「利益だけを追うのなら、もっと効率の良い立地はあるかもしれません。ですが、病院という場所で果たせる役割と、事業としての可能性の両方があるからこそ、続ける意味があると考えています」と話す。
4月27日には、病院内店舗101店舗目となる「タリーズコーヒー JR東京総合病院店」をオープンした病院内店舗100店という数字の裏には、理念だけではなく、現場と本部が一緒に磨き上げてきた運営ノウハウと、事業を成立させる仕組みがあった。タリーズは、病院という特殊な環境に合わせて特別な店を作ったのではない。その場所で求められる「いつものタリーズ」を追求し続けた結果が、100店舗という数字につながっている。
(ITmedia ビジネスオンライン)