痩せ薬と摂食障害。当事者を悩ます「注射1本で痩せられる」という魅力

日本では今、2型糖尿病の治療薬「マンジャロ」を使ったダイエットが若い女性の間で急増し、その危険性にも注目が集まっている。

アメリカでは数年前から、同様の糖尿病治療薬「オゼンピック」の減量薬としての適応外使用が広がっており、広告も多く流れている。

しかし摂食障害を経験したことのある人々にとっては、そうしたCMや、セレブの使用が噂されること、さらには一部メディアの薬を美化するような報道は、ただ鬱陶しいだけでなく、精神的に強いトリガーとなっている。

場合によっては、オゼンピックをめぐる話題が回復途中にある人を再発へと一歩近づけてしまう。

「オゼンピックやウゴービ(肥満治療薬)が簡単に手に入ることが、私に疑念を抱かせ、回復の歩みを止めさせています」

そう語るのは、長年摂食障害に苦しんできたカナダ在住の26歳、ベッカさんだ。

オゼンピックは、GLP-1受容体作動薬と呼ばれる画期的な新しい薬の1つで、2017年に糖尿病治療薬として初めて導入された。やがて、処方による注射が肥満の人々に大幅な減量効果をもたらすことも判明した。これはGLP-1が消化を遅らせ、食事の摂取量を減らすためである。

米食品医薬品局(FDA)は2021年、オゼンピックの有効成分であるセマグルチドを「ウゴービ」という商品名で減量治療薬として承認した。ある減量外科医は以前ハフポストに対し、この薬を「ゲームチェンジャー」と呼び、「肥満治療に本当に効果的な薬が登場したのはこれが初めてだ」と語っていた

今やセレブも含め、健康上必要がなさそうな人々がオゼンピックやウゴービを手にしている。適応外使用のために処方してくれる医師などを見つけるのは難しいことではない。一般的には推奨されないが、合法だ。

この状況はベッカさんにとって落胆の種となった。ベッカさんは過去1年、体重減量ではなく筋力や筋トレの目標に焦点を当てるセラピストやボディニュートラル(外見ではなくその機能に注目し、体型を中立的に受け入れる)なトレーナーと共に歩んできたが、オゼンピックの存在がその決意を揺るがしている。

「オゼンピックのような薬が存在することで、もし自分が気軽に使えたら人生はどうなるだろうと考えてしまう」とベッカさんは語る。

「特定の服を着られるようになったらどう感じるかな?体重を褒められたときにどんなに気分が上がるかな?と」

ベッカさんが最も不快に感じるのは、オゼンピックやウゴービをめぐる秘密めいた雰囲気だ。Instagramのゴシップアカウントなどでは、どのセレブがこの薬を使っているかという憶測が飛び交う。コメディアンのチェルシー・ハンドラーさんや、実業家イーロン・マスクさんのように使用を認めたセレブもいる。

一方で、クロエ・カーダシアンさんやリアリティー番組「リアル・ハウスワイブス」シリーズに出演するカイル・リチャーズさんのように否定する人もいる。同シリーズとそのファンの間でこの薬は大きな話題になっており、拒食症から回復中のジャッキー・ゴールドシュナイダーさんはこれを「注射器に入った摂食障害」と批判している。

「セレブが薬を使っていながら否定し、減量を食事や運動の成果だと主張するのは、不誠実でとても有害です」とベッカさんは言う。

さらに、オゼンピックをめぐる議論は、バッカルファット除去(小顔整形手術)や、セレブの極端に制限的な「ウェルネス」食事法に関する議論とも結びついている。

「これらはすべて、肥満に対する文化的な恐怖を示しています」と話すのは、栄養士のアーロン・フローレスさんだ。

「社会が体重増加や太った体で生きることをどれほど恐れているかの反映です。そのメッセージは明確で、太っていることは悪であり、あらゆる手段を講じてでも変えるべきだということです」

また、オゼンピックには深刻な副作用もある。フローレスさんの顧客の中には、吐き気、嘔吐、下痢、便秘に苦しんだ人がいるという。それでも「注射1本で痩せられる」という魅力は強い。

41歳でビジネスコーチのキャンディス・コッポラさんは、過去に過食症に苦しんだ経験がある。オゼンピックの使用を疑わざるをえない人々の投稿があまりに多く、一時的にインスタグラムを見るのをやめたという。

「わずか3週間で16キロ近く減量しているのを見て、とても心配になりました」

コッポラさんは「Power in Purpose」というポッドキャストのホストをしている。ここ1カ月ほどの間に、「自分も処方してもらえる医師を探してみようかな。少し痩せられるかも」と思った瞬間があったという。

「でもそのたびに、これまでの努力や、大事なのは自分がどう感じるかで、今私は健康だと感じているのだから、なぜ薬を使う必要があるの?と自分に言い聞かせてきました」

また人と自分の不安について話し合うこと、特に糖尿病を患う夫との会話は、自身の回復を支えているという。

ニューヨーク出身の俳優、26歳のアビー・ローズ・モリスさんは、中学・高校時代に極端なカロリー制限をした経験がある。オゼンピックの適応外処方が当たり前になることで、女性がさらに強い「痩せることへの圧力」にさらされるのではないかと懸念している。

「こうした薬が手に入るようになり、肥満でいることは、より太った体で生きることに伴う差別や嫌がらせを避けられる『簡単な解決法』をあえてを取らないことを選択したと見られ始めている」とモリスさんはハフポストに語った。

「私は食べ物との関係を癒すために一生懸命努力してきました。空腹感をなくしたり、食べることを困難にする薬に頼ることは、その努力を台無しにします」と話す。

モリスさんは、「食欲を病気のように扱う風潮」が文化的に広がっていると指摘。「空腹から解放されることは普通ではない」とSNSに投稿すると注目を集めた。

「医療的理由でオゼンピックを使うのはいい。でも、空腹は病気ではない」

一部のネットユーザーはオゼンピックと摂食障害をめぐる議論はもっと色んなケースを考慮すべきだ、と訴える。「摂食障害はいろんな種類があり、過食性障害にとっては命を救う薬にもなり得る」との投稿もあった。

それは正しい側面もある一方、専門家たちは「過食性障害のような複雑な精神疾患に対して、オゼンピックを万能薬のように考えるのは危険」と懸念を示している。摂食障害は、ただの食事の量の話ではなく、複雑なメンタルヘルスの問題だ。

摂食障害治療施設「Renfew Center」の臨床教育スペシャリスト、アシュリー・モーザーさんはこう語る。

「減量薬は体重を変化させることはできるかもしれないが、摂食障害の根本にある感情的・心理的要因には対処できない。体重減少は摂食障害を『治す』ものではない」

摂食障害の原因は1つに特定できない場合が多いが、多くの患者は「ダイエットの経験」が発症のきっかけとなるケースが多いとモーザーさんは話す。

また、薬の服用をやめれば血糖値が上昇し、食欲が戻り、体重もリバウンドしやすいという。だからこそ、多くの人は長期的に薬を使用せざるを得ないのだ。

モデルでサイズ・インクルーシビティ(多様な体型を受け入れる運動)の提唱者であるレミ・ベイダーさんは、自身が糖尿病予備群だったためオゼンピックを処方されていたが、薬をやめると「痩せた分の倍」体重が戻り、摂食障害も再燃したと明かした。

「こうした薬は摂食障害の根本的な原因を治すわけではない」と、ライフコーチで摂食障害専門家のブリタニー・バーグンダーさんは語る。

「一時的に症状を覆い隠すだけで、効果が切れれば再発につながります」

摂食障害のある人にとって、他の人たちが薬の使用だけで望む結果を得ているのを見ることは、長期回復のための困難で地道な努力よりも「近道」に感じられてしまうと、バーグンダーさんは警鐘を鳴らす。

もし「オゼンピック=簡単に痩せられる方法」という話題がトリガーになっている人がいるならばーー。摂食障害の専門家や回復中の人たちに「今まさに苦しんでいる人へ伝えたいアドバイス」を尋ねた。

1. 誇大宣伝に注意する

ネットで読んだ情報をうのみにしてはいけない。すべての情報源が信頼できるわけではない。

バーグンダーさんは「周りが皆オゼンピックを使っているように見えて、自分だけ取り残された気持ちになっても、体重を落とせば問題が解決すると思い込んではいけない。薬を使うことで回復の成果を失う価値はない」と警告する。

また、摂食障害治療を専門とするセラピストのジェシカ・スプレンゲルさん「ダイエット産業は700億ドル規模(約10兆円)の巨大市場であり、あなたがお金を払うことで成り立っている。彼らはあなたが自分の体を嫌うよう仕向け、あらゆる方法でその気持ちを利用する。危険であっても薬を売り込むのはそのためです」と指摘する。

2. SNSでトリガーとなる言葉をミュートする

SNSをよく利用する人にとって、セレブや富裕層の適応外使用に関する記事やゴシップを避けるのは難しい。

幸いにも、X(旧Twitter)やInstagram、TikTokでは「オゼンピック」や「ウビーゴ」といった単語をミュート設定できる。

YouTubeでも、オゼンピック関連動画を数本見ただけでおすすめが埋め尽くされることがあるが、視聴履歴から個別の動画を削除するだけでも、同様の動画がおすすめに出てくる可能性を減らせる。検索履歴から削除するのも有効だ。

3. ボディニュートラルな発信者をフォローする

ボディニュートラル(体の外見ではなく機能にフォーカスする)の専門家は一貫して「SNSのフォローを見直し、トリガーになるようなインフルエンサーやアカウントを避けること」を勧める。減量志向の発信はもちろん、より巧妙に「痩せなければならない」という圧を与える投稿も同様だ。

コッポラさんは「この小さな1歩が、回復への道にとても大きな影響を与えた」と語る。「自分にトリガーを与える人、古い習慣や思考に逆戻りさせる人をSNSからどんどん外すことが、本当に役立ちます」と話す。

代わりに、管理栄養士やミッドサイズやプラスサイズのクリエイターなど、体型を受容することや中立性を大事にする人をフォローリストに加えるとよい。

モリスさんも「ダイエット反対派の栄養士をたくさんフォローしていて、“空腹は正常で大丈夫なこと”と定期的に思い出させてくれる」と言う。

「SNSを慎重に選ぶ以外にも、ダイエットをやめようと決意させてくれた本や記事、ポッドキャストに立ち返るようにしています」

4. 外部の助けを求め、話す

回復途中にある人は、特定のニュースに触れたときの影響について、信頼できる人と話すことが推奨されている。

モーザーさんは「理解してくれる人に気持ちを表現することで、トリガーによって活性化された感情を和らげることができます。ダイエット文化からの声を乗り越えるには、専門家による支援やセラピスト、栄養士、医師からの助けを受けることも大切です」と述べる。

5. 自分の回復の歩みを思い出す

モリスさんはオゼンピックや類似治療の情報を調べすぎてしまったとき、広い視野から「これは10年後になっても重要?」と自問するという。

「多くの人が、食べ物や体型のことを気にしすぎて目の前の経験を逃したことを後悔しています。だから過去を振り返る視点も助けになります」

「人間は生きるために食べ物を必要とし、楽しむように進化してきたと考えるのも効果的です」とモリスさんは続ける。「空腹は自然で当たり前のこと。体が生き延びようとするサインです。それを受け入れ、体の声を聞き、必要な栄養を与えることは、最高の自己愛でありセルフケアです」

記事冒頭で登場したベッカさんも、回復過程で身につけた対処スキルや料理への愛を大切にしており、「食べることは人生最大の楽しみのひとつであり、自分との関係を取り戻す方法でもありました」と述べ、こう続ける。

「自分の体に必要な栄養を与えているんだ、と認識することで、ネットが広める摂食障害にまつわるたわ言を無視できます」

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