AIエージェント、ツイッターよりはるかに面白い-元CEOが夢中
2022年10月当時、ツイッターの最高経営責任者(CEO)だったパラグ・アグラワル氏が突然姿を見せなくなったとしても、誰も責めなかっただろう。同氏は、世界一の富豪イーロン・マスク氏と約半年にわたり、デラウェア州の裁判所と世論の場で争っていた。
マスク氏はツイッターを買収すると言い出したかと思えば一転して撤回し、同社が株主に虚偽の説明をしたと非難。ツイッターの取締役会は最終的にマスク氏に買収を強いる訴訟を起こした。
これには勝訴したが、アグラワル氏は職を失った。マスク氏が440億ドル(現在の為替レートで約6兆5000億円)でツイッター買収を完了した直後、経営幹部の大半と共にアグラワル氏も解雇され、退職金も支払われなかった。
マスク氏がツイッターを解体し、「X」へと改造する中で、アグラワル氏の友人や元同僚らは「しばらく休むべきだ」と繰り返し同氏に勧めた。
しかし彼は、カリフォルニア州パロアルト中心部にあるブルーボトルコーヒーの店舗で打ち合わせを重ね、研究論文を読み、再びコードを書き始めた。「ビーチでのんびりするなんて性に合わない」とアグラワル氏は言う。
同氏が解雇された翌月、オープンAIが対話型人工知能(AI)「ChatGPT」を公開。アンソロピックなどのAI企業も急成長し、テクノロジー系スタートアップの熱気と投資ブームが一気に高まっていた。
ただし、アグラワル氏に届く求人は魅力に欠けたという。後始末を頼みたいという苦境の企業ばかりだったと同氏は振り返る。ツイッターで機械学習システムを構築してきた経験を踏まえ、次はAIに関わるべきだと確信していた。
こうしてアグラワル氏はパラレル・ウェブ・システムズを創業した。人間の代わりに現実のコンピューター業務をこなす「AIエージェント」が、正確な情報をウェブから探し出すようにするインフラ製品を開発している。
情報の正確さは、エージェントがタスクを完遂できるか否かを左右する。同氏は著名投資家ビノッド・コースラ氏のコースラ・ベンチャーズなどから3000万ドルの資金を調達し、25人のチームを運営している。
マスク氏に追い出されたことでアグラワル氏を知った人々にとって、パラレル創業は再出発と映るかもしれないが、本人は「第2幕」と呼ぶことを好まない。
ツイッターCEO在任中は、弁護士や社員と受託者責任について話し合うことがほとんどで、やりたかった改革に着手する前に終わりが訪れた。信頼と安全に関するルールの抜本的見直しや、数百人規模の人員削減を伴う全社再編の計画は、CEO就任からわずか4カ月後にマスク氏が現れたことで中断された。
アグラワル氏は「自分を定義付けるのはツイッターではない」と考えており、「今の会社こそが、自分の評価につながると信じている」と話す。
「SFファンタジー」
インド系で、コンピューターサイエンスの博士号をスタンフォード大学で取得。国際物理オリンピックの金メダリストでもあるアグラワル氏は、マスク氏が現れるまではあまり注目されていなかった。
ツイッターに広告チームのエンジニアとして入社後、10年以上かけて昇進を重ね、ジャック・ドーシーCEOの下で最高技術責任者(CTO)に就任。広告技術やタイムラインのアルゴリズムなど、主要プロジェクトに携わってきた。
それでも、21年後半にドーシー氏が突然CEOを辞め、アグラワル氏を後任に推した際には、社内でも驚きの声が上がったという。同氏はCTOそしてCEOとしての役割を通じ、AI業界の中心人物たちとの関係を築いた。
アグラワル氏によれば、オープンAIのサム・アルトマンCEOはGPTの初期モデルを売り込むため、ツイッターを訪れていたという。
20年にはアグラワル氏の主導で、ツイッターが生成AIスタートアップ、コヒアの買収を検討したこともあった。事情を知る関係者が非公開情報だとして匿名を条件に明かした。解雇された直後のアグラワル氏には、オープンAI初期の支援者でもあるコースラ氏からこれからどうするのかと連絡があったという。
アグラワル氏を夢中にさせたのはAIの急速な進化だ。彼はこれを「SFファンタジー」と呼びつつ、AIが主流になる時代の世界像を思い描き始めた。
当初はAIを活用した医療系スタートアップも検討したが、次第に「将来的にインターネット上で最も多く活動するのは人間ではなくAIエージェント」だという考えに行き着いた。「1人で50体のエージェントをネット上に展開することになるだろう。それが実現するのは、たぶん来年あたりだ」と語る。
パラレルの目的は、こうした来るAI部隊に必要な新たなツール群を提供することにある。ネット上の情報を効率的かつ信頼性高く収集・分析できるようにする。
最初の主要製品は「ディープリサーチ」というソフトウエア開発者向けアプリケーション・プログラミング・インターフェース(API)だ。公開ウェブ上の多様な情報源から、出典と信頼スコア付きで整理された分析結果を生成する。
アグラワル氏は自分たちの顧客はAIエージェントだという考えを好んで語る。同氏らが開発するテクノロジーとやり取りするのはAIエージェントだからだ。
パラレルにとって、実際の顧客は、こうしたツールをAI活用のワークフローに組み込みたい開発者や企業だ。同社は独自の検索システムを構築しており、自社で訓練した小規模な専用AIモデルに加え、外部のオープンソースやクローズ型ソースの大型モデルも活用している。
次の段階としてアグラワル氏が見据えるのは、収集した情報を、コンテンツの制作者にとって公平な形で還元する方法の確立だ。すでに多くの出版社が、AI企業による無断使用を理由に訴訟を起こしており、喫緊の課題と言える。
ツイッター時代から得た教訓もある。特にマネジメントに関しては進歩があったと感じている。現在、パラレルでは全社員が週5日出社を義務付けており、マスク氏が買収する前のツイッターと対照的なスタイルだ。また、マスク氏との法廷闘争を経て、自らのストレス耐性や精神力に自信を持てるようになったという。
ただし、法的な争いが完全に終わったわけではない。マスクによる解雇で約5000万ドルの退職金、いわゆる「ゴールデンパラシュート」を受け取れなかったとして、アグラワル氏は約1年半前にマスク氏を提訴している。
アグラワル氏はツイッター時代について、「後悔はない」と語る。「成長と学びの機会を与えてくれたし、ある意味では今のチャンスにもつながった」。そして今は新しい挑戦に「ツイッターよりもはるかに夢中になっている」という。
(原文は「ブルームバーグ・ビジネスウィーク」誌に掲載)
原題:Ex-Twitter CEO Agrawal Moves Past Musk Drama, Starts AI Company (抜粋)