ロシアに占領された領土、もう奪い返せないかも 厳しい現実に若者は:朝日新聞
ウクライナがロシアによる侵略の影に覆われて、3年半が過ぎた。あまりに多くの命が絶え、それでもなお、街には生が息づく。西部リビウを訪ね、人びとの声に耳をすませる。希望も失望も、ありのままを伝えたい。※この回は会員登録をしていない方も最後までお読みいただけます。
2年ぶりに訪れたウクライナ西部リビウで、会いたい人がいた。ナザル・ナコネチニー、23歳。「平和は天から落ちてくるものではない」。彼の語った言葉が、ずっと頭に残っていた。
「お久しぶりです」。相変わらず、まったくよどみのない日本語であいさつされた。固い握手を交わす。この国では、生きて再会することが当たり前ではない。
元気だった? 「まあ、普通ですね。学校で論文書いて、家でゴロゴロしてっていう感じです」
2年前に会った時は、イワン・フランコ記念リビウ国立大を卒業したばかりだった。それから修士課程に進学。修論は、日本のアニメやライトノベルで「女性語」がどのように使われているかについて執筆した。
今年2月からは、フランコ大で講師も務める。ほとんど年の変わらない学生に月計13回、1回あたり85分にわたって日本語を教える。「まだまだ彼らには負けないですね」と自信を見せる。
4月には語学力を買われ、同大学長らと在ウクライナ日本大使館の会合の通訳を務めた。「自分の能力を生かしたい」。外交官への憧れも芽生え始めている。
ウクライナ西部のリビウ大で、同大学長と日本の中込正志・駐ウクライナ大使(中央)の会合の通訳を務めたナザル・ナコネチニーさん(右端)=同大のウェブサイトからこの秋には、同大大学院の博士課程への進学を控える。修士号も博士号も、本当は日本に留学して取得したかった。ただ、戦時体制下では18~59歳の男性は原則国外に出ることができない。
「自分よりも大変な人たちが山ほどいます。こうやって暮らせているだけで、生きているだけでありがたいし、恵まれていると思います」
この2年間で「勝利」に対する考え方が少し変わった。それは「侵略者を倒し、全土を奪い返すこと」だと思っていたが、その達成は難しい。戦争はあまりに長く、「もうずっと終わらないかも」とすら感じている。
「占領された領土については、もはや妥協せざるをえないかもしれない。ただそれは、強固な『安全の保証』がなければならない」
彼のような考え方は、いまでは広く聞かれる。キーウ国際社会学研究所(KIIS)の世論調査によると、「できるだけ早く平和を達成し、独立を維持するためなら領土の一部を諦めても仕方がない」と回答した国民は、23年5月時点では10%だったが、今年5月には38%になった。
リビウはキーウや東部、南部に比べれば空襲警報の数も少なく、比較的安全だが、それでも戦争を意識しない日はない。SNSを開けば戦争の話題が目に飛び込み、国家について、自分について、嫌でも考えさせられる。
「こんな現実はない方がいい。でも、こんな現実を無視はできない」
戦時下に暮らすウクライナ人として、日本に伝えたいことがあるという。「日本は地理的に、中国や北朝鮮、ロシアに囲まれている。当たり前のことを言いますが、日本にとっても、『平和』は常に危うさをはらんでいるものです」
◇
ウクライナの日常を脅かしているのは、ロシアによる侵略であり、それは国連憲章や国際法に違反する行為だ。彼が学ぶフランコ大で、国際法学者にぜひ聞きたい。国際法はもはや、無力なのか。(敬称略)
2年前に取材したナザル・ナコネチニーさんの記事はこちらから
この記事を書いた人
- 藤原学思
- ロンドン支局長
- 専門・関心分野
- ウクライナ情勢、英国政治、偽情報、陰謀論
2022年2月24日、ロシアがウクライナへの侵攻を開始しました。国際社会の動きや、現地の様子などのニュースをお伝えします。[もっと見る]