〈ミュージックステーション きょう初登場〉藤井風が挑んだコント 往年のテレビにあった「音楽とお笑いの融合」の完成度がハンパない

大のお笑い好きという藤井風 この記事の写真をすべて見る

 5日放送の「ミュージックステーション」(テレビ朝日系・金曜よる9時)に、アーティスト・藤井風が初登場。話題の楽曲「Hachiko」をTV初披露する。実は歌手活動だけでなく様々な活動に挑戦している藤井。過去の記事で振り返る(「AERA dot.」に2022年5月7日に掲載されたものの再配信です。本文中の年齢、肩書等は当時のもの)。

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 昔のテレビでは、今よりも音楽とお笑いの距離が近かった。人気の歌手やアイドルがコント番組やバラエティ番組に出るのは珍しいことではなく、芸人と一緒にコントを演じたり、さまざまな企画に挑戦したりしていた。バラエティ番組では歌のコーナーが設けられていて、アイドルなどが持ち歌を披露することもあった。

 さらに言えば、芸人側も音楽に歩み寄っていた。芸人が歌手としてCDやレコードをリリースするのはよくあることだったし、とんねるずやダウンタウンも歌を歌うだけのコンサートを行って多くの観客を集めていた。国民的なテレビスターだったクレージーキャッツやザ・ドリフターズも、ミュージシャンと芸人の両方の要素を備えた存在だった。

 でも、そんな音楽と笑いの自然な融合というものが、最近のテレビではほとんど見られなくなってきた。音楽番組とお笑い番組は演者もスタッフもはっきり棲み分けされていて、交わることはめったになかった。

 そんな中で、4月23・30日深夜に放送された『藤井 風テレビ with シソンヌ・ヒコロヒー』(テレビ朝日)は、音楽と笑いの融合に真正面から取り組んだ意欲作だった。

 メインキャストを務めるのは、昨年末の『NHK紅白歌合戦』に出場したことでも話題になったミュージシャンの藤井風。大のお笑い好きだという彼が、シソンヌ、ヒコロヒーという当代きっての実力派芸人たちと共に、本格的なコントに挑戦した。

 ミュージシャンとしての藤井の魅力は、圧倒的な音楽的センスと豊かな表現力、浮世離れした端正な外見、ピュアで素朴なキャラクターである。『藤井風テレビ』では、そんな藤井の素材の良さをそのまま生かしたコントが並んでいた。

 二枚目の歌手にあえて三枚目の振る舞いをさせるという笑いの作り方ではなく、あくまでもミュージシャンとしてコントに参加してもらっているという感じが良かった。かと言って、過度に持ち上げることもなく、メンバーの一員として芸人と横並びのポジションにつかせていた。


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 平たく言えば、藤井はいわゆる「お笑い」を真正面からやるには見た目が格好良すぎるし、歌やピアノも上手すぎる。でも、それが彼の個性であり持ち味だ。『藤井風テレビ』ではそこを生かして、彼のミュージシャンとしての能力やキャラクターを、すべて笑いのためのフリにしてみせた。それによって、藤井のミュージシャンとしての価値を損なうことなく、自然な形で彼をコントのメンバーに組み込むことに成功した。

 触るものすべてを黄金に変えてしまうギリシア神話に登場するミダス王のように、藤井が動けばすべてが音楽になる。そんな藤井のとめどなくあふれる音楽的センスを、スタッフが一丸となって笑いに落とし込んでいた。

 シソンヌとヒコロヒーは、最近の若手芸人の中でも突出した演技力と落ち着いた雰囲気のあるメンバーである。彼らのかもし出す空気は藤井の世界観とも見事に調和していた。

 コントだけでなく、藤井が持ち歌を歌うパートも設けられていた。ここで藤井のことをよく知らない視聴者にも「やっぱりすごい人なんだ」と思わせることができる。彼の歌声にはそんな問答無用の説得力がある。

『藤井風テレビ』は見ていてワクワクする面白さがあったし、少し懐かしい感じがした。往年のテレビにあったような「音楽と笑いの融合」が、高いレベルで実現されていたからだ。こういうことができる限り、テレビはまだまだ大丈夫だ。(お笑い評論家・ラリー遠田)

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ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)など著書多数。近著は『松本人志とお笑いとテレビ』(中央公論新社)。http://owa-writer.com/
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