アングル:政治介入で揺らぐ米統計の信頼、後任人事が試金石

 トランプ米大統領が雇用統計を算出する労働省の労働統計局長を解任したことで、米国の統計発表メカニズムに対する信頼が揺らいでいる。写真は米国労働省本部。2021年5月、ワシントンで撮影(2025年 ロイター/Andrew Kelly)

[ワシントン/ニューヨーク 5日 ロイター] - トランプ米大統領が雇用統計を算出する労働省の労働統計局長を解任したことで、米国の統計発表メカニズムに対する信頼が揺らいでいる。しかも米国経済の実態を把握する信頼性の高いデータへの需要がかつてないほど高まっている今の局面においてだ。

失われた統計の信頼性を回復するのがいかに難しいかを物語る他国の事例は枚挙にいとまがない。米国の場合最初の試金石は、労働統計局長を解任されたエリカ・マッケンターファー氏の後任人事だろう。トランプ氏は、過去2カ月分の雇用者数が大幅に下方修正されたことに不満をあらわにして、何の根拠も示さずに統計が「政治的に操作された」と主張し、マッケンターファー氏の解任を命じた もっと見る

保守系シンクタンク、アメリカン・エンタープライズ研究所の経済政策研究ディレクターを務めるマイケル・ストレイン氏は、トランプ氏が数日中に指名する見通しだと述べたマッケンターファー氏の後任に言及し、政治家の言いなりになる人物が起用され、統計が事実を反映しなくなれば、さまざまなレベルで問題が起きると警告する。

折しも政策担当者、企業、投資家のいずれも、トランプ氏の関税措置が物価や雇用、家計資産にどう影響するか理解しようと努めており、各国の中央銀行も政策運営判断は「データ次第」と明言している。

根底にある問題は、データ収集が難しさを増していることだ。マッケンターファー氏も経験したように、借金だらけの米政府は統計部門に振り向ける資源を減らしているし、大規模なマクロ調査の主な手段となってきた電話による聞き取りは、多くの家計が固定電話を持たなくなって十分なサンプルを形成するのに苦戦を強いられている。

さらにトランプ氏が党派性をむき出しにしてマッケンターファー氏を「バイデン前大統領が政治任用した人物」と非難したことで、民主主義の「抑制と均衡」の機能に疑念が持たれているような国で見られる政治的事象という火種まで加わった。

そして過去の事例を見ると、統計の信頼がいったん失われると、それを取り戻すために何年も要するというのが重要な教訓と言える。

<他国の事例>

アルゼンチンは昨年、物価上昇率が前月比ベースで初めて1桁の伸びになったと報告したが、同国が2000年代と2010年代に物価上昇率を著しく過小に発表していた過去が想起され、データの正確性に疑問を呈する声が生じた。

ブエノスアイレスのシンクタンクのアルド・アブラム氏は「彼らは長い間データを操作してきた。人々がこれを思い出し、懐疑的になり続けるのはもっともだ」と述べた。

トルコは2019年以降に統計局トップを4回も入れ替え、野党側から政治的な思惑が働いているとの批判が出た。市場関係者の1人は、その結果としてトルコの統計に対する信頼はじわじわと低下したと話す。

ギリシャは2000年代を通じて公的債務の増大をひた隠し、ソブリン債務危機を誘発。信頼回復にはやはり長い道のりがかかった。

2016年に国家統計局の全面的な組織改革を迫られ、国際的な専門家委員会が局長を任命するなどの方策を講じたほか、欧州各国が自国の統計発表の妥当性を点検する権限を欧州連合(EU)欧州委員会統計局(ユーロスタット)に認める事態にもなった。

中国の統計の正確性にも長らく疑念が持たれてきた。キャピタル・エコノミクスのアナリスト、ジュリアン・エバンス・プリチャード氏は、昨年初めに刷新された若者の失業率について「純粋に手法面の理由からの変更だったが、中国のデータを巡る歴史を踏まえると多くの人々、特に外国人投資家は全く信頼を置いていない」と説明した。

同氏は「これはデータの信頼が損なわれれば、回復はかなり困難になるという事実を浮き彫りにしている」と語る。

<米国独特の人事システム>

新興国経済分析の専門家は、不完全な公式統計を補う手段として貨物輸送量から電力消費までさまざまな民間データを活用している。

企業景況感調査なども手掛かりになるが、あくまで全体の一部を描写する材料にしかならない。

それでもMFSインベストメント・マネジメントのチーフエコノミスト兼ポートフォリオマネジャー、エリック・ワイズマン氏は、マッケンターファー氏解任を受けて、アナリストはこうした民間データへの依存度を高めざるを得なくなるとの見方を示した。

米国において最も差し迫った疑問は、今後トランプ氏の政治介入に拍車がかかるかどうかだ。

経済協力開発機構(OECD)で経済分析トップを務めたエンリコ・ジョバンニ氏は、重要統計部門責任者の人事で米国は他の先進国よりも政治が介在できる余地が大きいとみている。

他の先進国は、責任者の任期が長く固定される傾向があり、新たな政権が簡単に交代させることができないのに対して、米国は選挙の論功行賞としてそうしたポストが割り振られるためだ。

オランダにある統計専門家の団体、国際統計協会は4日、トランプ氏の行動は国連が定めた事実に基づく統計を保護するという原則に違反しており、米国政府へ統計に対する信頼回復に向けた対策を講じるよう要望した。

ただトランプ氏は、連邦政府職員に「米国の理想、価値観、国益に献身する」と証明できる候補者を起用することを命じる方針だ。

これが議会で承認されれば、経済統計を発表する政府機関の多くのポストに適用され、政治指導者の意に沿わないと解任される政治任用職に変わってしまうとの懸念も出ている。

私たちの行動規範:トムソン・ロイター「信頼の原則」, opens new tab

Davide Barbuscia covers macro investment and trading out of New York, with a focus on fixed income markets. Previously based in Dubai, where he was Reuters Chief Economics Correspondent for the Gulf region, he has written on a broad range of topics including Saudi Arabia’s efforts to diversify away from oil, Lebanon’s financial crisis, as well as scoops on corporate and sovereign debt deals and restructuring situations. Before joining Reuters in 2016 he worked as a journalist at Debtwire in London and had a stint in Johannesburg.

関連記事: