京大生の息子はなぜ自死したのか 発達障害疑い大学に相談も
誰も想像しないはずだ。我が子がこんな形で学生マンションを退去するなんて。
立ち会いのため、空っぽになった部屋に入ると、恵子さん(49)=仮名=は息を詰まらせ崩れ落ちた。
「ごめんね、1人でつらかったね」
悲鳴のような泣き声が、いつまでも響いた。
2025年10月下旬、この部屋に住んでいた京都大理学部2年の長男、皓太さん(当時20歳、姓は非公表)が自ら命を絶った。
亡くなる2週間ほど前、親子は大学の理学部相談室や教員のもとを訪れていた。「単位が取れない」「課題が出せない」と相談し、発達障害があるのではないかと考え、サポートを求めたばかりだった。
大学や、自分も含めた周りの人間に、もっとできることがあったのではないか――。
恵子さんは問い続けている。
この記事は前後編の前編です。 ・後編「俺は普通になりたかった」京大生のSOS 足跡たどった母の決意 7月22日午前11時公開予定 <関連記事>
・大学生の自殺防ぐには 発達障害と関連も 東大教授「分析に壁」 7月23日午前11時公開予定
笑顔が変わった
曇りのない目をしていた。京都市内の喫茶店で、カメラにピースサインを向ける皓太さんの写真だ。
入学して間もない24年5月の連休に、恵子さんが撮った。家具を追加で買いそろえた日だった。
「これ、好きなんです。無邪気な笑顔で、私が知っている皓太だなって感じがする」
夏に帰省した頃から、笑い方が少し変わった気がした。成長して落ち着いたのだと思っていたが、今にしてみれば違ったのかもしれない。
勉強は好きだったが、宿題は……
皓太さんは、母子家庭の一人っ子だった。
中部地方にある山あいの田舎町で育った。みんな顔見知り。友人も多かった。
「小さい時から、突出したところがある子でした」と恵子さんは振り返る。ブロック遊びなどを何時間も続ける集中力は、並外れていた。
「観察力もすごくて。家の中で、動線が交わる場所があるんです。祖父母が行き交う様子を見た3歳の皓太が『交差点』と言って指さすので、びっくりしました」
保育園では、卒園式の練習の度に泣いてしまうほど感受性が豊かだった。知的好奇心が強く、小学1年の時は、庭の木にひもを引っかけてクレーンの滑車システムを再現し、仕組みを解説してみせた。
勉強は好きだった。だが、宿題にはてこずった。恵子さんや祖母がうるさく言うのに、どうしても手を付けられないようだった。忘れ物が多く、中学では提出物が出せなくて苦労した。
「京大を目指す」と宣言したのは高校3年の夏のこと。誰かに「京大に行けば、お前と似たようなやつがいっぱいいる」と言われたらしい。
「優しい子でした。友達に頼られて入試の過去問を一緒に解いて、勉強を教えていたみたいです」。グループで勉強するスタイルで急成長し、理学部に現役合格した。
「ようやく子育てが終わった」
皓太さんを学生マンションに残して帰る時、そう思った。
取れなかった単位
入学半年後の9月下旬、大学から皓太さんの成績表が送られてきた。1年前期は、履修した授業の半分しか単位が取れていなかった。
理学部では年2回、一定の成績以下の学生の保護者に成績が通知される。「学業不振などの問題を抱えた学生を早期に救うためには、保護者からの働きかけも必要」。大学に、そう説明されていた。
電話をすると、皓太さんは「授業で扱ったところを勉強しておけば試験は大丈夫だと思っていた。でも、…