小惑星リュウグウのサンプルから “全く予想外の鉱物” を発見

小惑星「リュウグウ」のサンプルは、失われやすい初期太陽系の情報を含んでいることが期待されています。これまでの研究から、リュウグウの元となった天体は太陽系の外側で生成し、50℃を超えるような高温には晒されなかったと考えられてきました。

しかし広島大学の宮原正明氏などの研究チームは、リュウグウのサンプルを分析中に、「ジャーフイッシャー鉱(Djerfisherite)」(※1)という鉱物を発見しました。この鉱物は350℃以上の高温環境で生成されることが想定されるため、リュウグウのサンプルから見つかることは全くの予想外でした。その意外さについて宮原氏は「北極の氷の中から熱帯植物の種を見つけたようなもの」と表現しています。

※1…Djerfisheriteという名前は、鉱物学者ダニエル・ジェロム・フィッシャー(Daniel Jerome Fisher)に対する献名です。このためこの鉱物の読み方は、その由来を踏まえていくつか考えることも可能ですが、本記事ではDjerfisheriteを単純に英語読みして転写したものを採用しました。

現時点では、ジャーフイッシャー鉱がどのようにして作られたかの理由を解明することはできませんが、リュウグウの内部で局所的に高温環境が生じたことが示唆されています。いずれにしてもこの発見により、これまでに考えられてきたリュウグウの生成の歴史を部分的に書き替える必要があるかもしれません。

小惑星「リュウグウ」は高温を経験したことがない?

【▲ 図1: 小惑星リュウグウに到着したはやぶさ2の想像図。(Credit: 池下章裕 & JAXA)】

162173番小惑星「リュウグウ」は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小惑星探査機「はやぶさ2」がサンプルリターンに成功した小惑星として知られています。リュウグウの岩石は熱で分解しやすい有機物に富んでおり、約46億年前に誕生した太陽系の失われやすい情報を保持している他、究極的には地球の生命と何らかの関連があるかもしれないため、その起源が注目されています。

これまでに行われた多数の研究から、リュウグウは最初からこの形で生成されたのではなく、より大きな天体(母天体)が過去のどこかの時点で砕けた時に生じた破片の一部が寄り集まってできたと考えられています。リュウグウの母天体は、太陽系の誕生から180~290万年後に、太陽系の外側で生成されたと考えられています。

リュウグウの母天体は寒い環境で生成されたため、水や二酸化炭素は凍り付いた状態で含まれていました。しかし、液体の水が無ければ存在しない鉱物が含まれていることから、生成から約300万年後には、母天体の内部が50℃以下の、水が融けるほどの高温に晒されたことが推測されています。この熱源は、寿命が短い放射性同位体が崩壊する過程で発生する熱であると考えられます。その後、母天体は別の天体と衝突して砕け、その破片の一部が寄り集まったものが現在のリュウグウであると考えられています。

いずれにしても、リュウグウのサンプルを調べる限りでは、母天体の形成後に高温に晒されたことを示す証拠は見つかっていませんでした。サンプルの一部には橄欖石(カンラン石)のように、1000℃を超えるような高温環境でしか生成しない鉱物が見つかっていますが、これは母天体そのものが超高温となった証拠ではないと考えられています。むしろ、太陽系のかなり内側で生成された天体の一部が、その後太陽系の外縁部へと移動し、母天体に混ざった証拠であり、初期太陽系の激しいダイナミクスの証拠であると考えられています。

全く予想外の鉱物「ジャーフイッシャー鉱」を発見

【▲ 図2: 走査型電子顕微鏡で撮影されたリュウグウサンプルC0105-042の粒(No.15)の写真。(Credit: 宮原正明 & 広島大学)】 【▲ 図3: 透過型電子顕微鏡で撮影された、リュウグウサンプル中のジャーフイッシャー鉱の写真。(Credit: 宮原正明 & 広島大学)】

しかし、広島大学の宮原正明氏などの研究チームは、リュウグウのサンプル(C0105-042)について分析中に、全く予想外の鉱物を発見したことを報告しました。「北極の氷の中から熱帯植物の種を見つけたようなもの」という宮原氏のたとえ話を聞けば、どれほど予想外なのかが理解できるでしょうか。

見つかった鉱物は「ジャーフイッシャー鉱(Djerfisherite)」という名前であり、1966年に隕石の中から初めて見つかりました。それ以来、発見例の大半は隕石の分析によるものであり、地球の岩石から見つかった例はごくわずかです(※2)。化学組成は「K6(Fe,Cu,Ni)25S26Cl」と、カリウムを含む鉄ニッケル硫化物です。硫化物の中にアルカリ金属が含まれているのは、天然ではとても珍しいことです。

※2…なお、全くの偶然ですが、ジャーフイッシャー鉱の日本唯一の発見地として広島県(庄原市久代)が記録されています。

隕石では見つかるものの、地球では珍しいという発見状況からも示唆されるように、ジャーフイッシャー鉱は酸化作用のある物質に満ちた地球の環境では生成しにくい鉱物です。実際、ジャーフイッシャー鉱が見つかった隕石の多くは「エンスタタイト・コンドライト」に分類されます(※3)。エンスタタイト・コンドライトからは硫化カルシウムやケイ化鉄など、酸素が少しでもあると生成しない鉱物が多数見つかっており、太陽系のどの岩石と比較しても酸素に乏しい還元的環境でできたことが推定されています。

※3…厳密に言えば、ジャーフイッシャー鉱を含む隕石はエンスタタイト・コンドライトだけでなく、「オーブライト」に分類されるものもあります。ただし、オーブライトは起源こそ異なる可能性があるものの、岩石としてはエンスタタイト・コンドライトととても似ています。この類似性から、論文では触れられていてもプレスリリースでは触れられていないため、本記事では代表としてエンスタタイト・コンドライトのみを取り上げました。

ただし、ジャーフイッシャー鉱がエンスタタイト・コンドライトで多く見つかるとなると、その生成場所が問題となります。エンスタタイト・コンドライトが生成されたのは太陽系の中心部、それも水星の公転軌道付近という、かなりの高温環境であることが推定されるためです。ジャーフイッシャー鉱が作られる条件についても、熱力学に基づく計算や合成実験を元に考えると、高温のガスから直接的に合成されるか、もしくは350℃以上の環境で起こる化学反応で生成されると推定されます。

いずれにしても、ジャーフイッシャー鉱の存在は、リュウグウの母天体が太陽系外縁部で生成され、50℃を超える温度を経験したことがないという分析結果と明らかに矛盾します

局所的に高温が生じたのかも?今はまだ不明

なぜリュウグウのサンプルにジャーフイッシャー鉱が含まれているのか。現時点では不明ですが、2つの理由が予想されます。

1番目の仮説は、太陽系の内側でジャーフイッシャー鉱を含む天体が生成され、これが太陽系外縁部へと移動し、リュウグウの母天体に混ざったという仮説です。ジャーフイッシャー鉱よりさらに高温で生じる橄欖石のような鉱物が含まれている以上、このような輸送はあり得る話です。

2番目の仮説は、リュウグウの内部で350℃以上の環境が生じたという仮説です。リュウグウは50℃を超える高温を経験したことがない、という話からするとあり得ない話であるように思えますが、この話は全体的な視点の話であり、非常に局所的な部分で高温が生じた可能性を否定しません。この場合、リュウグウが生成する過程は、これまで考えられていたよりも化学的に均一ではない可能性があり、かなり多様な環境が存在したのかもしれません。

予備的な結果としては今のところ、ジャーフイッシャー鉱はリュウグウ内部で生成したとする2番目の仮説が正しそうですが、いずれにしても今の段階ではジャーフイッシャー鉱の起源を特定することは不可能です。どちらの仮説が正しいとしても、リュウグウの生成の歴史について部分的に書き替える必要性が生じるでしょう。

宮原氏らはこの研究の続きとして、ジャーフイッシャー鉱の起源を特定するために同位体分析を行う予定です。この研究を続ければ、最終的にはリュウグウの生成仮定を通じて、初期太陽系の複雑なダイナミクスを知ることができるでしょう。

ひとことコメント

今回の研究は目立たずとも重要で、リュウグウの全てが冷たい環境ではなかったことを示しているかもしれないよ。(著者)

文/彩恵りり 編集/sorae編集部

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