脳損傷を直接修復するかもしれない化合物が発見される

サイエンス

頭部に物理的な衝撃が加わることによって発生する外傷性脳損傷は、軽度から中程度の損傷においては早期回復が可能ですが、強い損傷だと記憶力や注意力が低下したり人格形成やコミュニケーション能力に問題が生じたりするもので、脳損傷を直接修復または予防する承認薬は存在しませんでした。ジョージア大学の研究者たちは、脳が損傷した後の自己治癒能力を高める可能性のある化合物を発見したことを発表しました。

Catalase Activity in the Brain Is Associated with Recovery from Brain Injury in a Piglet Model of Traumatic Brain Injury

https://www.mdpi.com/2076-3425/15/6/608

New compound may help the brain heal itself after injury https://news.uga.edu/new-compound-may-help-the-brain-heal-itself/ ジョージア大学農業環境科学部の教授であるフランクリン・ウェスト氏らが開発した「CMX-2043」という天然の抗酸化物質をベースにした化合物は、脳の自然防御機能を活性化させるように見えることで注目されています。ウェスト氏は「CMX-2043の投与により、酵素の明らかな増加を確認しました。酵素は、いわば怪我の後に駆けつける清掃員のようなものです。これは、この治療法が、脳が最もサポートを必要としている部分に介入している可能性を示唆しています」と説明しています。

CMX-2043はもともと、心臓損傷の治療薬として研究されていました。研究を進める中で、抗酸化物質であるCMX-2043は、体内に非常に反応性が高い不安定な分子であるフリーラジカルが存在し、フリーラジカルを除去する抗酸化物質が不足している時に、細胞が引き起こす損傷を防ぐのを助けることが判明しました。フリーラジカルは他の分子から電子を奪おうとする性質があり、これによって細胞やDNA、タンパク質、脂質などを「酸化ストレス」によって傷つけることがあるため、抗酸化物質によって心臓や脳の損傷を防ぐことができるというわけです。

ウェスト氏らの研究は、豚を対象とした抗酸化物質の実験で脳特有の酵素の活性を初めて観察しています。実験では、生後6週で約12~18kgの体重を持つ交雑種の子豚を無作為に選び、規定の代謝および栄養所要量を満たすように配合されたトウモロコシベースの飼料を自由に摂取させた上で、先行研究の方法に従ったモデルを用いて脳を損傷状態にしました。その後CMX-2043の皮下投与もしくは偽薬の投与を行い、1日後、7日後、42日後にMRI検査をして結果を比較しています。 結果として、外傷性脳損傷後の抗酸化酸素活性には、時間経過が有意な影響を与えることがわかりました。そして、CMX-2043を投与した子豚は、代わりに偽薬を投与した子豚に比べて、MRIによる脳損傷マーカーが明確に減少していたと研究者らは報告しています。

研究の筆頭著者であるジョージア大学家庭・消費者科学部の准教授であるパク・ヘジン氏は「驚いたのは、CMX-2043が抗酸化酵素レベルの変化を直接引き起こしたわけではないということです。これらの変化は実際には傷害に対する身体自身の反応でしたが、CMX-2043は体内に備わった防御システムの強化に役立っている可能性があります」と述べました。また、論文の共著者であるエリン・カイザー氏は、「脳の抗酸化防御が強かったほど、MRIスキャンで確認された損傷は少なくなりました。これは大きな成果です。脳自身の修復システムを強化することで、脳の治癒を促進できる可能性があります」と発見の意義について語りました。 今後の研究では、磁気などを用いた非侵襲的なツールを活用して、CMX-2043による反応をリアルタイムで追跡し、この薬が人間の脳損傷の治療にどのように役立つかを探ることが期待されています。

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