【特集】北陸新幹線「京都駅」桂川って、どんな所? 開発進む市境の「新京都」 駅前はイオン、自衛隊 記者が現地を歩く

 桂川って、どこ? 北陸新幹線の京都駅ができることになった場所として7月以降、たびたび報じられる地名だが、北陸ではなじみのない人も多いかもしれない。何があるのか。どんな地なのか。現地を歩いてみた。(編集委員・坂内良明)

 西大路駅を過ぎ、列車は桂川を渡る。京都駅から2駅、5分で桂川駅に着いた。午前8時を回った構内は通勤・通学の人で混み合っている。外国人はおらず、いわゆる「京都っぽさ」はない。

 コインロッカーが見当たらない。観光で下車する人は少ないのだろう。パソコン入りの重いリュックをしょったまま、歩きだす。

 駅は「イオンモール京都桂川」に直結している。シネコン併設の巨大な建物に比べ、駅舎はつつましい。近くの公園で会った80代の男性が言う。「ここは新興の地域。昔は田んぼばかりだった。そこ(イオン)にキリンビールの工場があった」

  少し遠い阪急駅

 この辺は都から離れた郊外で、古くは乙訓(おとくに)郡久世(くぜ)村といった。京都市に編入されたのは戦後、1959(昭和34)年。ビール工場は68年にでき、99年まで操業した。2008年、桂川駅が開業し、14年にイオンがビール工場跡地にオープンした。この頃からマンションが増えていった。

 西へ歩くと、柵に囲まれた敷地内を走る男たちが見えた。自衛隊員だ。陸上自衛隊桂駐屯地は桂川駅に隣接して広がる。さらに歩くと、戦車が見えた。敷地の外から見えるように置いてある。

 戦車の向かいに阪急京都線の洛西口(らくさいぐち)駅がある。ここからまちなかの京都河原町までは6駅、15分ほどと近い。一方で「ここから向日(むこう)市」の看板も見える。桂川は京都の市境部なのだ。

 桂川と洛西口、二つの駅の間は500メートルほど。歩いて戻りながら、微妙な距離だと感じる。乗り換えるにはちょっと遠い。

   高さ制限を緩和

 イオン前で買い物客に聞いてみた。北陸新幹線の駅ができること、知ってますか?

 「知ってるけど、いらんやろ。できる時、いやへんやろし」と70代女性。30代の女性は「うわさでは聞いてます」と関心なさげだ。最近、まちなかから引っ越してきたという敦賀市出身の子連れママは「帰省はサンダーバードで十分」とつれなかった。

 桂川ルートが決まったとはいえ、まだ周辺には「新幹線」の「し」の字もないから、無関心なのも無理はない。気を取り直し、今度は駅の東へ歩いてみた。

 先ほど列車で渡った桂川まで、20分弱。川べりは緑豊かだが、道中は車の通行量が多く、遊歩向きではない。目立ったのはマンションの工事現場だ。

 再び駅に戻ると、ある不動産広告が目に入った。さっき見た現場に建つマンションだ。こうあった。

 「待ち望んだ、新京都・桂川」

 京都市によると、桂川駅~桂川の沿道は23年、高さ制限が20メートルから31メートルに緩和された。それまではせいぜい6階建てだったが、11階まで建てられるようになった。若者や子育て世帯の多様なニーズに応える「職住近接のまち」を目指して都市計画を見直した、とのことだ。

 このたび北陸新幹線の駅ができると決まったことも、このエリアに追い風になるのではないか。電話口でそう尋ねると、都市計画課の担当者は答えた。

 「北陸新幹線について、京都市は『何かが決まったわけではない』という立場。まずはしっかりと説明していただく段階だ」

 リップサービスなし

 与党が小浜桂川案を選んだ直後、松井孝治京都市長は「市民に説明し、納得を得ることに変わりはない」と述べ、案を受け入れてはいない姿勢を示した。そこから外れたリップサービスはできません、というわけか。やはり京都は手ごわい。

 開発が進みつつある「新京都」に新京都駅ができるのは、不思議な巡り合わせである。もちろん、住む人にとっての通勤・通学の利便性と、旅行者・新幹線利用者の利便性は、イコールではない。それでも、将来の京都の玄関口がこれからどう変貌を遂げるかは、北陸にとって、もはや人ごとではなくなっている。

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