なぜウクライナ戦争は終わらないのか?ロシアによる侵攻から日本が学ぶべき「教訓」とは(Wedge(ウェッジ))
開始から間もなく5年目を迎えるロシアによるウクライナ侵攻をめぐり、米トランプ政権は2025年11月20日に、新たな28項目の和平案をウクライナ側に提示した。同案は、ウクライナ軍の縮小や、ドネツク州におけるロシア軍の未占領地域を含むウクライナ領土の割譲を求めるなど、侵略側であるロシア寄りの内容だった。また、ウクライナに与えられるとされた「安全の保証」の具体的な内容についてもあいまいだった。 【図解】戦争終結のジレンマ これに対しウクライナのゼレンスキー大統領は21日、悲壮感を漂わせながら「尊厳を失うか、重要なパートナーを失うかという選択だ」と述べた。また、欧・加・日各国首脳が22日に発出した共同声明は、同案の一部は「ウクライナを将来の攻撃に対して脆弱にする」との立場を表明した。 その後23日に米国とウクライナが協議して当初の和平案は19項目へ大幅に修正されたようである。一方、ロシア側は修正に反発しており、戦争終結の実現は現時点ではまだ見通すことができない。 ノーベル平和賞受賞を目指しているとされるトランプ氏は、24年の大統領選挙期間中から、この戦争を大統領就任後「24時間」で終わらせると主張し、その後「半年」と発言を後退させたものの、早期の戦争終結を模索してきた。トランプ政権のアプローチは、被侵略側であるウクライナに圧力をかけようとするもので、25年3月1日にトランプ氏とゼレンスキー氏の首脳会談が決裂したことは世界に衝撃を与えた。 その後8月15日、米アラスカで開催された米露首脳会談でプーチン大統領が、ウクライナ軍がドネツク・ルハンスク両州から撤退するのと引き換えに、南部戦線で停戦することを「譲歩」として持ちかけた際には、トランプ氏が同調するのではないかとの懸念が広がっていた。
ウクライナや国際社会は、トランプ政権の停戦外交に翻弄されているようにも見える。ただ、米国の力をもってしても、この戦争を容易に終わらせられないことも事実である。 戦争終結には、大きく二つのパターンがある。一つは、自国の犠牲を覚悟してでも、交戦相手の政治体制を完全に打倒するまで徹底的に戦って将来の禍根を断つ「紛争原因の根本的解決」であり、もう一つは、相手と妥協し、それ以上の犠牲を回避する「妥協的和平」だ。ただし、紛争原因の根本的解決を望めば現在の犠牲が増え、犠牲を回避するために妥協的和平を選ぶと将来の危険を除去できない、というジレンマがある。 プーチン氏は25年2月12日のトランプ氏との電話会談で、ロシア側から見た「紛争の根本原因の除去」を主張した。すなわち、22年の全面侵攻以来追求してきたウクライナの「属国化」である。これを実現するために払わなければならない現在の犠牲については、ロシアにとって許容範囲に収まっているようだ。 そのような立場をとるプーチン氏にとってのトランプ政権の停戦外交の受け止め方は、それが真剣に検討するに値するものかどうかではなく、「紛争の根本原因の除去」のために、どこまで利用できるかだろう。大統領在任期間というタイムリミットの中で成果を挙げなければならないトランプ氏とは違い、プーチン氏は長期戦を展望できる。そうすると、たとえ現在のロシア・ウクライナ両軍の接触線にもとづく停戦が実現したとしても、ロシアが再侵攻してくるというウクライナにとっての将来の危険が残ることになる。 これまでもトランプ氏はSNSなどを通じ、戦場での殺戮が長引くことは望んでいない、ロ・ウ両軍の兵士の人命を救いたい、との考えを示してきた。それ自体は至極もっともなことなのだが、問題は先述した通り、「現在の犠牲の回避」と「将来の危険の除去」とが、トレードオフの関係にあるということだ。 停戦によりウクライナの現在の犠牲を回避しても、ロシアの再侵攻という将来の危険が残るが、トランプ政権はウクライナにとっての将来の危険の問題をあまり重視していないように映る。ウクライナにとっての将来の危険の除去は、米国ではなく、欧州が責任を持って対処すべき課題と捉えているのだといえよう。 トランプ政権が掲げる自国第一主義は、これまで米国は同盟国にいいように利用され、過重な負担を背負わされてきたとの不満が背景にある。つまりトランプ政権の停戦外交は、自国第一主義下における同盟管理と表裏一体なのである。 こうしたトランプ政権の態度は、特に米・ウ首脳会談が決裂した25年3月1日以降、欧州側でも深刻に受け止められた。そして戦後のウクライナの安全を保証する手立てとして、英仏を中心に、ウクライナへの「保証部隊」の派遣が協議されるようになる。ロシアの再侵攻を防ぐには、西側がウクライナに抑止力を提供することが本来は有益だろう。歴史をさかのぼると、1939年に当時のソ連がフィンランドに侵攻した冬戦争では、英仏両国の軍事介入の可能性があり、スターリンは翌年に休戦に応じた。 一方、保証部隊構想に対しプーチン氏は2025年9月5日、ウクライナに展開する西側部隊はロシア軍の正当な標的になると威嚇した。西側諸国がロシアの再侵攻を抑止できるような力をウクライナに提供することは、ロシア側から見て「紛争の根本原因の除去」にはならない。また西側としても、ロシア軍との直接の交戦に発展するような軍事介入を行うことはできない。例えば、冬戦争時のスターリンとは異なり、プーチン氏は核兵器を保有している。 そうすると、仮にロシアが許容できるとすれば、「張り子の虎」のような名ばかりの保証部隊の派遣ということになるが、それではウクライナの戦後の安全を確保することは困難だろう。