運ではなく、実力。松村晃助は「自分のせいで…」と言う。生粋の横浜F・マリノス育ちはパスが来ると信じていた【コラム】
明治安田J1リーグ第27節、横浜F・マリノスはFC町田ゼルビアと0-0で引き分けた。下位に沈むマリノスで出場を重ねる松村晃助は「クオリティーがまだまだ低かった」と反省する。その言葉には、幼いころから憧れのまなざしで見ていたマリノスへの強い思いが宿っていた。(取材・文:菊地正典)
途中出場で決定機を創出した松村晃助「自分のせいで勝ち点2を逃した」
とにかく、悔しかった。2025年8月23日にホームの日産スタジアムで行われたFC町田ゼルビア戦の終了を告げるホイッスルを聞くと、松村晃助はしゃがみ込み、ピッチに両手をついた。
「自分のせいで勝ち点2を逃した試合だと思っています」
現在は法政大学に在籍し、2027年の加入が内定している状況でJFA・Jリーグ特別指定選手としてマリノスでプレーしている松村は、そう言って唇を噛んだ。
純粋な順位を見れば、残留争いをするチームが暫定首位を相手に勝ち点1を得られたのは、決してネガティブではない。それでも、松村は「勝ち点3が欲しかった」というチームメートと同様に、いやそれ以上に悔しさをあらわにしていた。
松村はこの試合で71分から途中出場すると、後半アディショナルタイムに決定機を創出する。
まずは45+1分、松原健がトーマス・デンからパスを受けて前を向いた瞬間、右サイドから相手最終ラインの背後に抜け出してワンタッチでクロスを上げた。
さらにその20秒後には、首を振って周囲を確認しつつ、バックステップで相手2人の間に入り、渡辺皓太のクロスをニアサイドで受けると相手を背負いながら反転してシュートを放った。
いずれもスコアは動かせなかった。前者はクロスが相手に当たってからポストに弾かれ、後者はシュートが枠を捉えきれなかった。
どちらも悔しいプレーに違いない。だが、あえて後悔が残るとしたらどちらのプレーだったのだろう。
松村は迷うことなく答える。
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「クロスの方が悔しかったです」
あのポストに弾かれたボールがゴールへ吸い込まれていれば。サッカーに限らず、うまくいくときは何をしてもうまくいく、うまくいかないときは何をしてもうまくいかないというときはある。
運を手繰り寄せるためにはもっとシビアにならないといけない。何かが足りないからあのボールがゴールに吸い込まれるのではなく跳ね返ってきた――言うまでもなく、その対象は松村個人としてではなくチームだが、過去に優勝を経験している選手たちほど、そんな話をしている。
だが、あくまで対象が自身となる松村の考えは違った。運ではなく、実力が足りなかった、と。
「ポストに当たって入らなかったからではありません。相手に当たらなければ、ボールが(鈴木)冬一君に届いていた。クロスが相手に当たったことが悔しかったんです」
ボールを届けさえすれば、フリーでゴール前に走り込んでいた鈴木が押し込んでくれたはず。だからこそ、クロスを鈴木に届けられなかったことが何より悔しかった。
それでも、クロスまではイメージどおりだった。見事なタイミングでの動き出しは、松原との息が合っていることを感じさせる。
松村はこれまで松原とは逆サイド、左でプレーすることが多かったが、練習で何度も合わせてきた形なのだろうか?
そう問われると、松村は首を振った。
「2人でよく合わせていたわけではないです」
それならば、なぜあんなに抜群のタイミングで抜け出せたのか?
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「松原選手のプレーをずっと見ていて、スルーパスが上手だと思っていました。ボールを引き出すタイミングさえ合えば、絶対にボールが来ると信じて走りました」
練習も試合も重ねてはいる。ただ、松村にとって松原はそれだけの存在ではなかった。松原だけではない。マリノスに在籍してきた選手はみんなそうだ。
松村は幼いころから家族とともに日産スタジアムでマリノスの試合を観戦し、小学3年生で横浜F・マリノスプライマリーに加入した。それからジュニアユース、ユースと9年間、マリノスで育ってきた生粋のマリノスっ子である。
つまり、松村にとって松原は憧れの対象としてずっと見てきた存在だった。同じトップチームの選手としてだけではなく、羨望と感嘆の眼差しで見ていたスルーパスが必ず来ると信じていたからこそ、あの場面で走り込んだのだ。
この試合でチャンスを創出したシーンのように、これまで松村は途中出場でチームに前への勢いをもたらすプレーを続けている。
シーズン開幕前にJFA・Jリーグ特別指定選手としてプレーすることが決まった松村は、4月25日の東京ヴェルディ戦でJ1デビューすると、ここまでJ1リーグ7試合に出場した。
本来、最も勝負したいのはトップ下。しかし、マリノスでの彼のプレーを見て、トップ下でのプレーを想像できる人はそう多くないかもしれない。それは決して悪い意味ではなく、マリノスのウインガーとしての適正を持つ姿を見せ続けているからだ。
攻守にアグレッシブ。ボールを持てば果敢に勝負を仕掛ける。もはや、松村が出てくれば何かが起きるかもしれないと期待を抱かせる選手だ。
大島秀夫監督が就任以降、7試合中6試合で起用されていること、そして町田戦では交代カードの1枚目になったということからも、大島監督の期待がうかがえる。「交代選手も含めてインパクトを与えられている」という大島監督の言葉の対象の一人が松村であることは間違いない。
だが、プレーに対してどんなにいい評価をされようとも、松村は笑顔を見せなかった。
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「ボールを受けて前を向くことが自分の特徴なので、そこをもっと出していかないといけないと思うし、何度か前を向いたあとのクオリティーがまだまだ低かったと思います。
こういった試合で交代の選手として使っていただける環境であることに感謝していますが、そのぶん、大きな責任が伴ってくるので、結果で応えたかったですし、結果を出さないとそろそろ厳しくなってくると思っています」
攻撃の選手として、結果を出せなければ出場機会が減っていくことは理解している。実績がないぶん、その危険性も高くなる。
何より――。
「チームを勝たせられなかったことが悔しいです」
どんなにいいプレーをしようとも満足はできない。チームのために結果を出したい。マリノスでプレーすることに満足するのではなく、かつて憧れた強いマリノスを自分の力で取り戻したい。
その思いで松村は、トリコロールのユニフォームを着て全力を尽くす。
(取材・文:菊地正典)
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