円キャリートレードに再燃の兆し、与党敗北の余波でリスクマネー動く

参院選での与党敗北を受けて、昨年8月に急激な巻き戻しに見舞われた円キャリートレードが勢いを取り戻しつつある。

  衆議院に続き参議院でも少数与党が確定し、石破茂首相の政権基盤は揺らいでいる。政権が財政拡張に傾くとの観測が広がる中、緩和的な金融政策を志向する後継候補が取り沙汰される可能性や、不確実性の高まりから日本銀行が利上げペースを緩めるとの期待も出ている。

  インベスコのアジア太平洋債券責任者、フレディ・ウォン氏(香港在勤)は、「石破氏は続投を表明しているが、辞任の臆測や圧力が高まっている」と指摘。「政局の混乱や米通商政策の不透明感で日銀は利上げに動きにくくなっており、それが円キャリートレードを後押しする」と語った。

  円キャリートレードは、1990年代後半に日本が政策金利をゼロ%まで引き下げて以来、市場で広く用いられる定番戦略となった。低金利の円を借りて、高金利資産に投資するこの手法は、昨年日銀が利上げを開始したことで一時的に打撃を受けたが、投資家は復活の機会を模索してきた。

  実際、ここ数カ月で円キャリートレードは目覚ましい成果を上げている。円を借りて台湾ドルに投資した場合、過去3カ月間で13%のリターンがあった。南アフリカ・ランド、メキシコ・ペソ、ブラジル・レアルへの投資も、それぞれ10%程度の利益を生んでいる。

  円キャリーに投入されている資金量を正確に把握するのは難しいが、入手可能なデータを見る限り、投資家の関心は確実に高まっている。米商品先物取引委員会(CFTC)の統計では、ヘッジファンドは7月15日までの1週間に、約4カ月ぶりとなる円の売り越しに転じた。円は直近3カ月、主要通貨に対して下落傾向が続いている。

  円キャリートレードを支える長期的な土台の一つである「日本の金利の低さ」はなお健在だ。日銀は昨年以降、政策金利を3度引き上げたが、水準はわずか0.5%にとどまり、米連邦準備制度理事会(FRB)の誘導目標4.25-4.50%とは依然、大きな開きがある。

  昨年8月に円キャリートレードが崩壊した主な要因は、日銀による予想外の利上げだった。しかし、石破政権を巡る不透明感を踏まえると、今回の参院選を経て同様の事態が再び起きる可能性は低くなっている。

辞任に現実味

  トランプ米大統領は23日、日本からの輸入品に一律15%の関税を課すことで合意したと、自身のSNSで明らかにした。日本は米国に5500億ドル(約81兆円)を投資し、自動車やコメなどの農産品市場も開放するという。石破首相は日米協議が妥結したことを受け、退陣する意向を固め周辺に伝えたと読売新聞が報じた。月内にも退陣を表明する方向だという。

  東京のヘッジファンド、GOファンドの田沼豪代表取締役は「石破首相はどこかのタイミングで退任を余儀なくされる可能性がある」とし、「政治が不安定な中で、海外投資家にとって円など日本の資産は買いづらくなっている」と指摘。円キャリートレードには依然として一定の拡大余地があると予想する。

  選挙というイベントをひとまず通過したこと自体も、円キャリートレードを支える要因となっている。将来の円相場の予想変動率を示すインプライド・ボラティリティーは参院選後に低下し、投資家は円を借りて高金利通貨に投資しやすくなっている。

  一方で、円キャリートレードの復活に疑問を抱く市場関係者もいる。

  野村インターナショナルのG10為替スポット取引責任者、アントニー・フォスター氏(ロンドン在勤)は「夏の閑散期にある程度キャリーを持つのは理にかなっている」としながらも、FRBの金融政策やパウエル議長への圧力が今後キャリートレードの重荷になる可能性があるとみる。

    米運用会社ルーミス・セイレスのような投資家は、日本の政治・通商を巡る不透明感が投資家心理を冷やす中で、円が1ドル=153円近辺まで下落する可能性も否定していない。

     ルーミス・セイレス・インベストメンツ・アジアでグローバルマクロ戦略を担当するボー・ジュアン氏(シンガポール在勤)は、「短期的には147円や148円といった水準は維持できないと思う」と述べ、「不透明要因を背景にキャリートレードがさらに積み上がる余地がある」との見方を示した。

(第9段落に石破首相退陣の報道について追記しました)

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