「竹内涼真がハマりすぎてる」「SNSが沸いた」 豊作揃いの秋ドラマの中で《じゃあ、あんたが作ってみろよ》が、“今期最高”と評判のワケ

 これぞ下剋上か、と煽りたいところだが、ドラマのムードはそんなふうにいきり立ったものではまったくなく、きわめてほのぼのしている。むしろそこが多くの視聴者をつかんでいるのだと思う。 ■原作が未完なのもドラマの求心力の1つ  『じゃあ、あんたが作ってみろよ』――略して『じゃあつく』あるいは『あんたが』は、恋と料理のドラマ。原作は、谷口菜津子による人気漫画だ。  主人公・海老原勝男(竹内涼真)は同棲生活を送っていた山岸鮎美(夏帆)にある日突然、別れを切り出される。

 勝男はジェンダーバイアスの持ち主で、なにかにつけ鮎美の言動を縛ってきた。自分ではうまくいっていると思い込み、いよいよ結婚を考えていた勝男は突然の別離宣言に激しく落胆する。  傷心を癒やそうと、鮎美が作っていた料理を自分で作りはじめ、それをきっかけに自身を見つめ直していく。  一方、鮎美はとっとと新たな恋人ミナト(青木柚)と付き合いはじめる。自由奔放なミナトとの交際をきっかけに、彼女自身が勝男に気に入られるために自我を抑えてきたことを自覚する。

 期せずしてそれぞれの考え方を見直すことになった勝男と鮎美。変化の過程で改めてお互いのことを考えたとき、はたして2人は元サヤに戻ることができるのか。  第5話、鮎美と勝男が久しぶりにキッチンに並んで立って、とり天を一緒に作るシーンを見た時点で、これは絶対に元サヤありと思うが、原作は未完で結論は出ていない。原作未完でどういう終わり方になるかわからないところもドラマの求心力の1つであろう。 ■第1話放送後、にわかにSNSが沸いた


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 さらにいいのは、鮎美との関係だけでなく、部下との関係の修復も描いていることだ。  職場の男性社員・白崎(前原瑞樹)は恋人がいるが、自分が料理を好きなのでお弁当はいつも自分で作っている。めんつゆを使って肉じゃがを作ったが、勝男はそれを邪道と軽視する。めんつゆが何でできているかも知らないで、なぜ軽視するのかと白崎は気分を害する。  しかし勝男は、めんつゆを自分で作ってみて、白崎の気持ちに寄り添い、関係を修復する。男2人が公園で並んで弁当を食べることを考えもしなかった勝男が、それをやってみて、心が清々しくなる場面が、第1話の白眉だった。

 そして白崎もまた、勝男のことを勝手にいけすかない人物だと決めつけて見ていたと反省する。 ■「決めつけ」をほどいていく物語  誰もが自分の決めつけ(偏見)に縛られている中で、『じゃあつく』は恋と料理にとどまらず、誰もの心の中にある決めつけをほどいていく物語でもある。いやむしろ、恋と料理だけでなく、そのプラスアルファがあるからこそ、令和に支持されるのだろう。  勝男は単に真面目な完璧主義であり、悪い人では決してない。誰かを悪く描くことなく、完璧主義者は自分にも他人にも厳しいという観点に立ったうえで、他者を許すことを学ぶ物語になっている。

 第2話では、鮎美の視点に切り替わる。彼女は幸せな結婚をするために完璧な女性像を演じ続けていた。勝男が求める理想の女性でいれば、幸せが待っていると考えていたが、勝男に合わせることにほとほと疲れ、プロポーズを断ってしまう。  ところが、新たに付き合ったミナトにもまた言いたいことを抑え、都合のいい彼女になっていくことに気づく。  鮎美は鮎美で勝男を決めつけている。彼は絶対に人前で弱音を吐いたり泣いたりするような人ではないと思い込んでいたが、第5話で勝男が公衆の面前(空港)でおいおい泣く姿を見てしまう。

 視聴者的には、第1話からずっと、勝男がやたらと泣いているのを見ていて、意外と打たれ弱いのがわかっているのだが、鮎美はそんなことをこれっぽちも知らなかった。  最近のドラマは、『じゃあつく』に限ったことでなく、いい人、悪い人と、一面的に描かず、1人の人間の中に善と悪が存在し、シームレスであるように描くものが増えている。だがそれは、ともするとどっちつかずでパンチに欠けがちだ。  『じゃあつく』はほどよく、いい人と悪い人が1人の人間の中にたゆたっているところを描写することに成功している。


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 今でこそ毎週見逃せない『じゃあつく』であるが、放送前、秋の連ドラ群の中ではさほど注目されていなかった。それが、第1話が放送された時点でにわかにSNSが沸いた。  その最大の理由は何か。  男性側が反省し成長していく物語だったという点が大きいだろう。火曜22時枠はもともと女性が主なターゲットで、男性が主体のドラマは珍しい。  『じゃあつく』は男性主人公が、料理は女性が作るものと、令和に生きる者としていかがなものかと思うような化石男。そんな人物が料理の大変さを味わいながら自分の考えを改めていくのは、女性としては見ていて胸がすくような気持ちになる。

 たとえば、動物園デートに手作り弁当とは女の子らしいとか、男が朝からご飯を炊くわけないとかいうわかりやすすぎるジェンダー感を勝男は持っていた。  鮎美の料理に感謝しつつ、「おかずが茶色すぎる」と一言多いうえ、それは鮎美がもっと上にいくためのアドバイスだとのたまう。上から目線にいちいちイラッとする。  しかも勝男は女性だけでなく部下のライフスタイルにもうるさいのだ。  パンに味噌汁は合わないとか、料理が好きな男性もいることを認めないとか、めんつゆを使った料理なんて手抜きだとか、他者の嗜好をリスペクトしないで、自分が考える常識をやたらと他人に押しつけてくる。

 そのせいで鮎美には去られ、会社の部下たちからも煙たがられている。  このドラマが第1話で絶賛された理由の1つは、そんな令和のいま最も改めてほしいタイプの勝男が、あっという間に転向したことだろう。鮎美に去られた後、好物の筑前煮を自分で作ってみて、美味しい筑前煮を作ることがいかに難しいか痛感する。  完璧主義のモラハラ男性が物語開始早々、打ちのめされ、反省する。そのきっかけが筑前煮の奥深さだった。料理の作り方を視聴者も見ながら学べるのもポイントが高い。第5話の天ぷらを揚げるときに油がはねない秘訣なども役に立つ。


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 女性視聴者から見たら、男性が大いに打ちのめされて反省するのが小気味いいし、男性視聴者から見たら、自分たちの空回りの偏見にも悪気はないのだということを証明してもらったようでホッとするのではないだろうか。 ■竹内涼真をキャスティングした妙  それから、勝男役が竹内涼真であることも成功ポイントであった。  シュッと背が高く、爽やかなビジュで、シンプルな白のVネックシャツが似合う。へんにムキムキと鍛えた感じもない。取りつく島のないほどのイケメンエリート臭はなく、恋人や部下に見切られてしまう情けなさがかわいげに見える。

 竹内は大手芸能事務所所属で、わりと恵まれた道を歩んできたはずが、キャリア的にどこか突き抜けきれないものがあった。今回、その突き抜けきれなさが勝男の役に合っているような気がする。やり続けるとこういう幸運があるものなのだろう。  やたら凹みがちなところもいいし、左利きなのに箸をスマートに使用しているのも不思議なアンバランス感があっていい。  筑前煮、オムライス、おでん、さばの味噌煮、とり天……料理を通して自己反省していく勝男。料理のセレクトが素朴なのも好感触だ。どんどん自分で料理を作り、どんどん反省し、女性にへんな理想を押しつけないようになってほしい。

木俣 冬 :コラムニスト

東洋経済オンライン
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