【詳報】一力遼名人が4勝2敗で初防衛「難しい碁が多かった」:朝日新聞
初防衛を決めるか、追いつき最終局に持ち込むか――。一力遼名人に芝野虎丸十段が挑戦している第50期囲碁名人戦七番勝負(朝日新聞社主催)の第6局は15日、愛知県田原市の旅館「角上楼」で2日目が打ち継がれている。
ここまで名人の3勝2敗。名人が勝てば初防衛となる。挑戦者が勝てば決着は最終第7局へ。大一番をタイムラインで徹底詳報する。
立会人は小県真樹九段、新聞解説は伊田篤史九段、ユーチューブ解説は下島陽平八段。
名人のシノギ、挑戦者の攻め。両者得意の戦法が正面から激突する伯仲の攻防が繰り広げられた。その勝負どころで挑戦者に誤算があったか、名人が一気に引き離して勝負を決めた。
〈最終図〉先番・芝野挑戦者(154手まで) 79(55)ハイライトは右辺の黒模様をめぐる攻防だった。名人が白92と模様の奥深くに突入し、根こそぎ荒らしにいく。生きるだけなら難しくない。しかし模様を相応に荒らさなければ形勢に確たる自信が持てない。
名人はあえて挑戦者に取りに来させて、いっぱいに模様を荒らす手段を追求。対して挑戦者は猛襲をかけたが、名人の白130に手が止まった。黒からこれ以上追及する手がなく、白の一団は無条件で生きている。
黒模様のまとまり具合が焦点だったのに、白は他にほとんど影響を及ぼさず生きる戦果を挙げた。挑戦者には実戦よりも厳しい白の命を脅かすコウの手段があった。白は死なないものの黒が実戦よりも得をする図があり、検討陣は微細なヨセ勝負を予想していた。
19:20
囲碁将棋TVに出演
記者会見を終えた一力名人は、朝日新聞社のYouTubeチャンネル「囲碁将棋TV」のライブ中継に出演した。解説の下島陽平八段とリラックスした表情で今局を振り返った。
初防衛を果たし、「囲碁将棋TV」のライブ中継に出演した一力遼名人(右)と、解説の下島陽平八段=2025年10月15日午後7時31分、愛知県田原市の旅館「角上楼」初防衛を果たした一力名人は対局室から別室に移り、報道各社の記者会見に応じた。冒頭、「難しい碁が多いシリーズだった。1局目の1日目が苦しかったが逆転できたのが、結果的によかった」と振り返った。
記者会見に臨む一力遼名人=2025年10月15日午後7時2分、愛知県田原市の旅館「角上楼」、照井琢見撮影一力遼名人の記者会見では、「その後」に向けた質問も飛びだした。そこは「いまこの瞬間」を意味する「而今(じこん)」という言葉を大事にする名人。「一局一局の積み重ね」の大切さを語った。主なやり取りは次の通り。
――6局すべて振り返ると、どんなシリーズでしたか。
非常に難しい碁が多いシリーズで、第1局の1日目がかなり苦しかったのですが、そこを逆転で制することができたのが、結果的には大きかったかなと思います。
――その後は前期と全く同じ星並び。意識したのでしょうか。
確かに同じ星取りで、結局最後まで来ましたけれど、そこはあまり意識せずに、「目の前の一局一局」という気持ちでやっていました。
――両者とも石と石がぶつかり合う戦い方に自信がある棋士だと思います。芝野挑戦者に恐れを抱くことはなかったのでしょうか。
(見損じで敗れた)3局目でそれが裏目に出てしまいました。
しかしそういった複雑な戦いの中で勝機を見いだしていくという展開が、多かったかなと思います。
名人防衛を決め、記者会見に臨む一力遼名人=2025年10月15日午後7時11分、愛知県田原市の旅館「角上楼」、菊池康全撮影――世代の近いライバルとして、挑戦者の得意技でやっつけてやろうという意識があったのではありませんか。
うーん(笑)。
どういう展開になるかというのは、始まってみないとわからない部分もありましたので、七番勝負を戦っていくなかで、いろいろ対策を練っていった部分もあります。
結果として激しい展開になることは多かったかなと思いますけど、うーん、まあ、あまり、やっつけてやろうとか、そういう感じではなく(笑)。
一局一局丁寧に戦っていこうかなと思ってやってました。
――納得のシリーズになったのでしょうか。
4勝2敗という結果を残すことができたのは、一つ良かったことかなと思いますが、内容的には本当に紙一重の勝負でしたし、今日の碁も、判断が難しい部分が1日目から長く続いていましたので、そのあたりは改善の余地はあるかと考えています。
――名人戦2連覇。今後の意欲はいかがでしょうか。
2連覇を果たすことができたのは、自分にとって自信になる結果かなと思います。その上で、来年以降のことは今から考えても仕方ない部分もありますし、相手もどなたが来るかわからないという状況ですので。
1年、1年を積み重ねた先に、そういった連覇の記録を少しでも伸ばしていきたいと思います。
――長期的な目標として、七冠独占は頭の片隅にあるのでしょうか。
目標であることには変わりないですが、まだまだ現実的ではないというか……。目の前のタイトル戦を自分らしく戦っていけたらいいかなと思います。
名人防衛を決め、記者会見に臨む一力遼名人=2025年10月15日午後7時7分、愛知県田原市の旅館「角上楼」、菊池康全撮影終局後、両対局者がインタビューに応じた。
一力名人は、充実の表情というよりは、平静を保ちながら検討に臨んでいた。
「判断が難しい碁が続き、自分自身はまだまだと感じる部分が多かった」と振り返る。
ただ四冠を堅持した。「ここで一つ結果を出すことができて良かった」
余韻に浸るまもなく、あさってには王座戦へと臨む。「いい状態で1局1局丁寧に臨みたい」
名人初防衛を決め、芝野虎丸十段(左手前)との感想戦に臨む一力遼名人=2025年10月15日午後6時19分、愛知県田原市、菊池康全撮影厳しい表情を浮かべていた芝野挑戦者。
「結果に関しては残念で、もう少しいい碁が打てたらという気持ちはあります」と述べた。
敗因はどこにあったのか。「形勢判断も含めて、全体的にミスが多かった。この結果も仕方がないかなと思います」
17:59
挑戦者が投了
154手を見て、芝野挑戦者が投了を告げた。一力名人が白番中押し勝ちし、シリーズ4勝2敗で名人初防衛を果たした。
芝野虎丸十段(左)が投了し、一力遼名人の初防衛が決まった=2025年10月15日午後6時、愛知県田原市、菊池康全撮影名人が白1に打つと、挑戦者の手が止まった。この手により、黒模様に深く潜行した名人の白石は望外の無条件生きを得たのだ。
〈途中図〉先番・芝野挑戦者(130手)「挑戦者、見落としたか」と検討陣。白1に続いて大石を取りにいくなら黒Aだが、白B以下黒Eに白Fがうまく、これ以上追及できない。
悩む一力遼名人=2025年10月15日午後4時22分、愛知県田原市の旅館「角上楼」、菊池康全撮影右辺の大模様のまとまり具合が勝負と見られていただけに、模様の中で暴れ回った白が無条件で生きては形勢は大きく名人に傾いた。
厳しい表情の芝野虎丸十段=2025年10月15日午後4時35分、愛知県田原市の旅館「角上楼」、菊池康全撮影検討室では、棋士たちもAIを参照しながら、両対局者の打ち手について考えをめぐらせている。AIが「正解」を指し示す今、人間同士が碁を打つ意義をどこに見いだしたら良いのか。本局のYouTube解説を務める下島陽平八段に聞いた。
◇
子どもの頃から、囲碁の一番面白いところはどこかと言ったら、人間ドラマだと思っています。対局者の感情が動いた瞬間や、この棋士とこの棋士はバチバチだとか、その人たちの背景込みで対局を見ることが面白いと思っています。
YouTube解説を担当する下島陽平八段=2025年10月15日午前9時37分、愛知県田原市の旅館「角上楼」、照井琢見撮影囲碁は言葉を交わさない感情のやりとり。それはAIには絶対にできないこと。一力さんも、芝野さんも、なかなか感情を表情には出さない人ですよね。それもまた、動揺を悟られない勝負師の構えだと感じます。
でも、よーく見てると、感情のゆらぎは見えてくるときがあります。葛藤や迷いは、2人にも絶対にある。どこかで開き直る瞬間や、決断する瞬間もあります。
序盤の左辺に黒がぱらぱらと突入していったとき、白番の一力名人が断固として上下を分断した手がありましたが、そこは譲れないという強い意思を感じました。
逆に芝野挑戦者は、左上から真ん中に出てこようとしたときに、白に切られた場面がありました。その時に誤算があったのか、作戦変更をしたように見えた。「そっちのルートもあるかな」と気持ちを立て直していったように私は解釈しました。
やっぱり、トップになるほど、大胆でポジティブですね。人間誰でも失敗は引きずるものですが、この人たちは「過ぎたことだから、意味ないじゃん」ぐらいの切り替えができている。
譲らない一力さんに、すぐに切り替えられる芝野さん。打ち手にキャラが出ていますよね。
AIが出てきたとき、僕たちや、より上の世代は拒絶反応を示しました。最初は僕、見るのも嫌でしたから。
でも今や、AIの数字を一番気にしているのは、僕たち世代だと思います。一力さんや、芝野さんのような若い棋士たちは、もっと自然に接していると思います。そこまでAIの「正解」に固執もしていない。
人間は、完璧なものを好むのでしょうか。AIが生成したかわいいキャラクターより、人間が描いた絵のほうが素敵じゃないですか。
不完全さや、意思を含んだ2人の手にどんな思いが詰まっているか。それを想像するのも僕にとっては面白いです。
かみ合わないなあ、と思っているかもしれません、とか。こういう予定で打っているんじゃないかな、とか。対局中に直接聞けるわけじゃないですから、まったく想像でしゃべっているわけですが、2人の手には意思が必ずあるわけですよね。だから面白い。
AIは正解を示しているけど、意思も感情もない正解は何も面白くない。繰り返し間違えながら私たちは碁を打っている。その面白さを知って欲しいし、伝えたいです。盤上に詰まっている人間ドラマを、味わってもらいたいですね。
15:05
大攻防戦
黒模様に深く潜行した白石をめぐる大攻防戦が始まった。
〈途中図〉先番・芝野挑戦者(99―112手)挑戦者は黒1から襲いかかり、黒13、15が常道の攻め筋。平時なら白はめをつぶってもAに打ちたいところだが、すると黒Bあたりに打たれて右辺の大石がいよいよ危ない。
しかし右辺に手当てをすると黒Cの痛撃を食らう。陣地として大きいだけでなく、次に黒Dと連打されると隅の白は丸々取られる。
右辺の一団だけでなく、右上の隅にも攻めの余波が及び、名人は大変なプレッシャーを受けている。
第5局に続いて、本局もやはり「攻めの芝野」「シノギの一力」の碁となった。ここに至り、碁は本局最大の勝負どころを迎えている。
15:00
フルーツましましのおやつ
午後3時、おやつの時間になった。
一力名人は、「フルーツ盛り合わせ」、芝野挑戦者は「抹茶とあずきのムース」を注文した。
が、両対局者のもとへは、それ以上の品が運ばれていった。
一力名人には、加えて「苺(イチゴ)のタルト」も運ばれていった。田原市内にある洋菓子店「エテ・ドゥ・ラ・サンマルタン」が提供した逸品だ。
一力遼名人が注文したのは「フルーツ盛り合わせ」=2025年10月15日午後、愛知県田原市の旅館「角上楼」、菊池康全撮影宿のおかみ上村好美さんによると、宿の主人が「こちらもフルーツが乗っているし、お出ししよう」と決めたらしい。フルーツも田原産のマスクメロン、シャインマスカット、キウイ、カキ、ミカンと色鮮やかだ。
芝野挑戦者にも、追加でフルーツが提供された。ムースも同じ「エテ・ドゥ・ラ・サンマルタン」が提供したものだ。
芝野虎丸十段が注文したのは「抹茶とあずきのムース」=2025年10月15日午後、愛知県田原市の旅館「角上楼」、菊池康全撮影タルトとムースには、岐阜県中津川市にある和菓子店「すや」の提供した栗きんとん、栗納豆も添えられている。
期待を超えるおもてなし、といったところか。両対局者もきっと驚いたことだろう。
■決戦へ[13:15]…
この記事を書いた人
- 大出公二
- 文化部|囲碁担当
- 専門・関心分野
- 囲碁