【丸の内Insight】株主総会に異変、6月から後ろ倒しの動き-対話強化
皆さん、こんにちは。布施太郎です。今月のニュースレターをお送りします。
通常国会が終了し、霞が関の各省庁の人事が発表されました。金融庁では伊藤豊監督局長が新長官に昇格し、7月から新しい事務年度がスタートします。同時に何人かの幹部職員の退任も決まりました。
その1人が企画市場局長の油布志行氏です。「貯蓄から投資」の流れをつくったNISA(少額投資非課税制度)の立ち上げや、日本企業や投資家の行動様式を大きく変えた「コーポレートガバナンス・コード(CGC)」、「日本版スチュワードシップ・コード」の策定に手腕を発揮しました。
4年間派遣された経済協力開発機構(OECD)でコーポレートガバナンスを担当。日本の企業統治改革にはコードが必要だと確信し、帰国後、導入に奔走しました。新しい制度を導入する際には、国会議員や他省庁、経済界などの合意を取り付けなければなりません。柔らかな物腰で粘り強く関係者への説得を続け、常に合意形成に努めていた姿が印象に刻まれています。
今回は、コーポレートガバナンス改革に通じる有価証券報告書(有報)の株主総会前の開示について取り上げます。長年の慣行を変革することができるかどうかが問われます。
ファーストペンギン泳ぎ出す
毎年6月に3月決算企業の定時株主総会が集中するというおなじみの光景が、今後数年で様変わりするかもしれない。
投資家が議決権を行使する上で重要な判断材料となる有報の総会前開示を促す動きが強まりつつあるためだ。実現するには、総会を7月以降に後ろ倒しする必要があるとの指摘もあり、企業と投資家の対話や議決権行使の在り方が大きく変化する可能性をはらんでいる。
半導体製造装置のアドバンテストは6月27日に開催した定時株主総会で、議決権基準日を3月31日から5月15日に変える定款の一部変更議案を可決した。
株主と「建設的かつ実効的なエンゲージメント(対話)を図るためには、株主総会前の適切な情報提供が不可欠」と説明。有報と総会招集通知に添付する事業報告の一体開示を視野に入れ、総会を7月下旬から8月上旬に開催できるようにするという。
アドバンテストが2025年3月期の有報を公表したのは総会の2日前。来年、新しいスケジュールに移行すれば、投資家は総会の約1カ月前には有報を入手できるようになる見込みで、議決権行使に向け検討する時間を確保する道が開ける。
情報・通信のソラコムも6月25日開催の株主総会で議決権基準日を3月31日から4月30日に変更することを決議した。建設的な対話を促進するためとし、来年からは7月中の総会開催を目指す。IRの担当者は、株主に有報の情報を事前に提供することで、議決権行使や総会での意見に反映させてほしいと話す。
ガラパゴス化した開示状況へ圧力
変化の背景には、ガラパゴス化した日本の開示状況に対する国際的な圧力もある。
「日本は株主総会前に十分な時間を空けて、年次報告書(日本では有報)が開示されていない世界で唯一の市場」。世界の主要な機関投資家でつくる国際コーポレートガバナンス・ネットワーク(ICGN)は22年12月に金融庁に送った書簡でこう指摘し、日本の慣行が国際基準から大きく外れていることが改めて浮き彫りになった。
金融庁によると、今年5月末時点の集計で、株主総会前に有報を開示する予定の3月決算企業は1241社で全体の54.9%。前年の1.8%から劇的な増加を示した。3月28日に加藤勝信財務相兼金融担当相が全上場企業に対し、株主総会前の有報提出を検討するよう要請した効果が大きい。
ただ、開示の実態には課題も残る。1241社のうち総会の前日開示の企業は64%で、21日前はHOYA1社、14日前がT&Dホールディングス1社という状況だ。1週間以上前の開示は41社と3.3%にとどまっている。機関投資家が議決権行使の判断をするためには、少なくとも3週間前の開示が必要とされることを考えれば、ICGNが求める「十分な時間」には程遠いのが現実だ。
投資家の要望は理解しつつも、企業側には早期開示を阻むハードルがある。そもそも企業には、総会に向けて会社法に定められた事業報告や計算書類の作成義務が課せられている。さらに有報の作成を大幅に前倒しするには、監査法人による監査プロセスを含めた全体的なスケジュールの圧縮が必要となり、企業には株主総会書類と有報の作成という二重の負担がのしかかっている。
経団連などは有報の総会前早期開示の実現に支障となる制度上の課題の解消や負担軽減策を要望しており、金融庁と法務省は具体的な検討を進めている。しかし、「6月株主総会」を維持しつつ「早期の有報開示」を行うのは実務上難しく、7月以降の総会開催が現実味を帯びている。
機関投資家の受託者責任にも影響
機関投資家が議決権を行使する際に、有報から得られる重要な情報は主に2点。一つは、政策保有株式の縮減状況だ。機関投資家の多くは、政策保有株が純資産の2割を超える場合、トップの選任議案に反対するという議決権行使基準を設けている。しかし、現行の開示スケジュールでは、検討に必要な前期の有報データが参照できず、投資家は前々期の情報を基に議決権の賛否を決めざるを得ないケースも少なくない。
もう1点は、役員報酬の開示だ。特に不祥事やガバナンス上の問題が明らかになった場合が焦点となる。オリンパスは19日に提出した有報で、薬物問題で24年10月に辞任したシュテファン・カウフマン元社長兼最高経営責任者(CEO)に対し、25年3月期に3億3000万円の報酬を支払ったと公表した。株主総会の7日前の開示となり、機関投資家は役員選任議案への議決権行使をすでに終えたタイミングとなった。
必要な情報が適切なタイミングで得られない現状は、機関投資家としてスチュワードシップ(受託者)責任を十分に果たせている環境とは言い難い。
今後は、人的資本情報や多様性向上の進捗(しんちょく)、気候変動関連情報などのサステナビリティー(持続可能性)に関する開示ルールが精緻化され、段階的に有報に盛り込まれていく。企業の経営実態を総合的に伝える有報の役割は、ますます重要度を増す。
企業と投資家の建設的な対話を機能させるためには、投資家が十分な情報と時間を確保して議決権を行使できる環境の整備が不可欠。慣行に縛られていた「6月開催」という総会の時期や開示スケジュールが今、変化の波にさらされている。