やまゆり園障害者殺傷事件・植松聖死刑囚が最近獄中で書いた「事件から10年」の手記(篠田博之)
7月26日であの凄惨なやまゆり園障害者殺傷事件から10年を迎える。2016年の事件から一貫してこの事件を追ってきた私にとっても、長くもあり短くもあった10年だった。
先頃、植松死刑囚の獄中結婚が終わりを迎えてことを本人が自筆の手紙で報告した文面をヤフーニュースで公開したが(下記参照)、実はその時とその後に彼の2つの獄中手記も手元に届いている。
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/ec6ec5b697c9b9af78f718de223a94efb43fdfd0
やまゆり園事件・植松聖死刑囚より届いた自筆の離婚報告!さらに今回の離婚の背後事情
植松死刑囚の自筆の獄中手記(筆者撮影)その一つの手記の冒頭の書き出しは「相模原事件から10年の月日が経ちました」。植松死刑囚が事件から10年経た現在の思いを書いたものだ。そしてもう一つは「死刑」について書いたものだ。事件から10年を経て今、植松死刑囚が何を語っているかというのは、社会的ニュースとして意味を持つものだし、彼といまだに接触を続けているメディアは私が編集する月刊『創』(つくる)だけだから、その内容はできるだけ社会に伝えたいと思う。ここに掲げた写真は彼のその2つの手記の冒頭ページを重ねて写したものだ。
10年の節目を迎えたこの間の動き
ただその内容に入る前に、あの事件から10年の節目を迎えたこの間の動きについて少し書いておきたい。
やはり10年というのは大きな節目で、新聞やテレビもこの間、事件を振り返り、被害者や遺族の今を伝えるニュースを結構大きな扱いで報じている。例えば東京新聞は7月23日から「共生の現在地」という連載を始めたが、その第1回は一面トップの扱いだ。関係者などのインタビューをつないでいくこの連載のトップバッターは『こんな夜更けにバナナかよ』作者の渡辺一史さんだ。ちなみに『創』も発売中の8月号で60ページを超える「やまゆり園事件10年」の大特集を掲載しているが、その取材で6月中は、津久井やまゆり園の永井園長や被害者の尾野一矢(かずや)さんなど多くの取材を重ねた。そのかなりの部分は渡辺さんと一緒に取材したものだ(下記の創出版のホームページを参照)。
私自身も幾つかのマスコミの取材を受け、その内容が既に共同通信や毎日新聞などで報じられている。例えば毎日新聞のデジタル版に掲載されたインタビューは下記だ。
https://mainichi.jp/articles/20260719/k00/00m/040/166000c
植松死刑囚と交流続けた雑誌編集長、控訴取り下げに反対した理由
連日開催されている、事件を振り返る集会
マスコミの報道だけでなく、この1週間ほどはいろいろなところで集会なども開催された。本日25日ももちろん、神奈川県などの追悼式が行われているから夜のニュースで報じられるはずだ。私自身はこの追悼式や26日のやまゆり園の献花には足を運びたいと思っているのだが、『創』次号の締切時期にあたっており、身動きがとれない。ただ、26日は、新宿ロフトプラスワンで行われる映画上映とトークには参加しようと思っている(詳細は下記参照)。澤則雄さんが撮ってきたドキュメンタリー映画が上映され、九州から駆け付ける神戸金史さんや平野泰史さんらのトークが行われる。
https://www.loft-prj.co.jp/schedule/plusone/358461
この1週間ほどでは、7月20日の「津久井やまゆり園事件を考え続ける会」の集会と、23日の日本障害者協議会(JD)の議員会館での集会「優生思想を乗り越えるために」に参加した。
7月20日「津久井やまゆり園事件を考え続ける会」主催の集会(筆者撮影)7月23日のJDの集会は全国から訪れた約300人が会場につめかけ、障害者やその支援に関わっている人が発言した。実はその前日22日にも議員会館でDPI日本会議などが主催する集会が開催され、そこにも約300人が参加している。そんなふうに300人規模の集会が連日開催されるというのも、この10年の節目にもう一度、事件が投げかけた問題を考えようという人たちが多いことの反映だろう。
7月23日の日本障害者協議会(JD)の集会(筆者撮影)前述した尾野一矢さんもこの間、集会で発言したり、NHK「ハートネットTV」などのテレビ番組に出演したりと、これまでにない動きをしている。やまゆり園という大規模施設を離れて、「自立生活」をしている一矢さんのこの生き方そのものが、障害者をめぐる状況がどう変わりつつあるかを体現している。『創』の取材で私も6月に一矢さんのアパートを訪れたが、渡辺一史さんは泊まり込みで一矢さんと行動を共にし、それを8月号で報告している。
ちなみに23日のJDの集会では、私の隣の席に座っていた岩手から出てきたという人が『創』を持参していて、声をかけられ挨拶を交わした。この集会では代表の藤井克徳さんが「やまゆり園事件から十年をたどって」という基調報告でこの10年間の経緯を振り返ったが、大事な視点を幾つも提示していて参考になった。藤井さんとは一緒に植松死刑囚に接見に行ったりしたこともあったが、いつもいろいろなことを気付かせてくれる。その集会には藤井さんだけでなくパネラーとして私の知人が何人も登壇した。
今も変わらぬ植松死刑囚の差別的な考え
さて、冒頭に写真を掲げた植松死刑囚の手記の話に移ろう。あの事件を起こした当事者が10年を経て何を考え、何を発言しているかというのは、興味深いことではあるのだが、実はこれがなかなか難しい。彼は今も事件当時と基本的に全く同じ考えで、その全文をそのまま公表するのは、さすがに私でも逡巡せざるをえない。この10年の間、死刑が確定してからも彼が獄中で書いた手記やイラストは相当な量が私のもとに届いているのだが、公表は2割ほどしか公開できていない。基本的に差別的な考えであるため、そのまま公表が難しいのだ。このあたりは編集者としてずっと悩みどころだ。
今回の手記も写真をご覧いただければわかるように、「相模原事件から10年の月日が経ちました」という冒頭の書き出しの後に「彼らのことを一言でいうなら〈生きている自覚が全くない存在〉なのです」という、相変わらずの差別的障害者観の披露である。
ただひとつ注目すべき点は、それに続く文章の中で「母親は身を粉にして自分自身の生活をすべて犠牲にしたのです」という一文があることだ。植松死刑囚は障害者について語る際に、しばしば、自分を犠牲にして献身的に子どもを育てる母親に言及する。これは彼が小学生だった時に、学校で身近に障害を持った子がいて、その母親がいつもその子を支えていた、その光景が原体験としてあるからだ。
彼がなぜあのような考えに至ったかは全く解明されていない
この小学生の時の体験や、津久井やまゆり園での職員としての体験が、彼の中でどんなふうに結び付いて、あの考えに行きついてしまったかというのは解明すべき大事な問題なのだが、裁判においても、そして今もほとんど解明できていない。
この便箋3枚にわたる手記の末尾で植松死刑囚はこう書いている。
「お尋ねしつづけているのは『人とは何か?』ということです。現在の法律や通念に拘泥せず、より善く生きる権利(一九条)のためにわたしは再審請求を申し立てました。せんじつめれば、相模原事件は殺人事件になるのか?という諮問になると考えております」
もう一つの「死刑」または「死刑囚」についての手記も、写真を見ればわかるように「死刑反対者は、ご自身の言動がほんとうに正しいのか、立ち止まって考えてほしいのです」とある。つまり彼は自分が死刑囚でありながら、死刑制度に賛成なのだ。死刑囚も恐らく生きている意味のない存在ということなのだろうが、これについては彼に接見し始めた2017年から私とは議論になっている。
今回の手記にもこういう一節がある。
「『どんな凶悪犯であっても人間には魂がある。人の命は重い』
それでは、魂があるとして、殺された人の魂はどうやって成仏させるのか? 死にたくなるほど苛酷な労働をしているならまだしも、死刑囚というのは、毎日のんべんだらりと生活しているわけです」
「殺された人の魂はどうやって成仏させるのか」というフレーズなど、どの口がそれを言うかと突っ込みたくなる人が多いと思う。死刑囚の存在をそんなふうに否定する彼の主張と、自身もまさにその死刑囚だという矛盾が、植松死刑囚の中でどう同居しているのかというのは、彼と議論を重ねる中でいつも感じてきた謎だ。
植松聖死刑囚からの手紙(筆者撮影)手記に添付されていた植松聖死刑囚の手紙をここにアップしよう。欄外にたまたま思いついたアドバイスのようなものを書き込むのが最近の彼のスタイルだが、気になるのは、「200ページほどの小説を書いており、1、2年作品を発信できないと思います」というメッセージだ。死刑確定者はいつ執行があっても不思議ではない状況なのだが、彼は1~2年はそれがないと考えているのだろうか。第2次再審請求が今年1月に提起されて2月に棄却されたことでわかるように、昨年、最高裁で第1次再審請求が棄却されて以降、裁判所は彼の再審請求を速攻で棄却するようになっている。さらにこの6月には1年半続いた獄中結婚も離婚に至っている。普通に考えれば、植松死刑囚は追い詰められていると言えるのだが、自分の置かれた状況をどんなふうに考えているのだろうか。
植松死刑囚が書いた自身の独房生活など
発売中の『創』8月号では、植松死刑囚がこれまで書いた手記の中から、雑誌掲載が可能なものを部分的に幾つも紹介している。例えば、彼は独房でどんな生活をしているのかとか、死刑についてどう語っているのかといった事柄だが、その一部をここで紹介しよう。どの時期に書かれたものかはカッコ内に示した。
●改めて獄中で観た『こんな夜更けにバナナかよ』(2023年執筆)
いま生活している居室は一日中電気がついています。寝る時は明るすぎるので布団をかぶることがあります。
朝5時くらいに目を覚ますこともあり、そんな時はマンガを描くこともあります。朝7時くらいになり眠くなれば、そのまま一眠りして、点呼の時に目を覚まし、朝食をとります。1日に30分ほど運動の時間がありますが、自分はほとんど運動に出ることはありません。夜は9時に消灯(減灯)になります。
死刑が確定してから処遇が変わった点は幾つかありますが、映画やライブなどのビデオをリストから選んで視聴できるようになったのは大きいと思います。
ビデオの視聴は毎週木曜日の午前中。月に4回見ることができます。そのつど、居室にモニターが運び込まれます。最近は、ワイヤレスのヘッドフォンが付いてきますが、これは自分が以前持っていたヘッドフォンより上質なもので、感心しました。ワイヤレスはコードがないので、自殺予防になるという配慮かもしれません。
先日、障害者を題材にした『こんな夜更けにバナナかよ』を観ました。原作も読んでますが、やはり善人が損をするのは不健全でしょう。いい人役の三浦春馬さんも自殺していますしね。迷惑をかけて生き続けることに、価値があるとは思いません。
新聞は毎日、読売新聞が入るので、興味のある記事を読んでいます。
ラジオは居室内のスピーカーから毎日流れてきます。毎日3~4時間。NHKラジオをずっと聞いていましたが、民放のラジオが流れることもあり、途中でコマーシャルが入るのにイラっとすることもあります。体に良くないものを無理やり買わせようとするような内容のコマーシャルはよくないし、佐々木朗希はいい選手ですが、ロッテの製品を宣伝するのはよろしくないと思います。
●コロナのおかげで所内の待遇が改善された(2023年)
健康面での出来事といえば、コロナに感染したことでしょうか。重症にはならずにすみました。
コロナのおかげで所内の待遇が改善された面があります。まず、風呂は週2回から週3回になりました。また、昼間、これまでも横臥はできましたが、今は敷布団を敷いてその上に横になって午睡を取ることもできるようになりました。
刑事施設というところは、コスト感覚がないのか、体温計も新しいのが入ったり、扇風機も買い替えたり、予算や経費の無駄遣いが目に付きます。
また、別の例ですが、ゼンザイがでたときに、どういうわけか砂糖ではなく間違って塩が配られたことがあって、施設では、その塩入りのゼンザイを食べてはいけないという指示が出たことがありました。自分は、変わった味だけれどと思いながら残さずに食べましたが、ほかの収容者は指示に従って食べなかったようです。
なんでそんなことまで指示に従うのか理解しにくいです。職員の指示も、食べるなではなく、食べなくても良い、残しても良いという指示をすべきではないでしょうか。自律とか自主性を涵養すると言いながら、こんなときに行動指示を徹底させるようなことは、おかしいと思います。
●「安楽死問題」について改めて語る(2023年)
安楽死問題は、もはや不治の病に陥った病人の苦痛を、数週間縮めるということではありません。決して人間の尊厳に至ることなく、また長年にわたって、周囲に苦悩と貧困しか生じさせないであろう人間を、死に至らしめることは、無理に生かすことより価値がないことでしょうか。何か一つの愛だけに全身全霊を没入し、他のつながりをほとんど無視するような人がいますが、それは他の人間を犠牲にすることにおいてまちがった愛であり、本当のよろこびを味わうことはできないのです。
●教誨師に頼んで『ハンチバック』差し入れ(2024年)
天理教の教誨師にお願いして『ハンチバック』を差入れて頂きました。「子供を中絶してみたい」という障害者の“本音”を綴るような小説でしたが、彼らの思考回路はほとんど同じですね。それ程迷惑はかけていない、悪いのは障害者を疎外する社会である、ということ。〈障害者は不幸をつくる〉という主張を体現していて、「悪書は最も悪いどろぼうである」。悪書は純潔な心や感情を失わせ、それについやした時間やお金も失われる。死刑囚として私は、市川沙央さんに心から同情しますけどね。人間の表裏を嘲笑うような視点は、閉ざされた社会でより一層際立って見えるものです。
「深い悲しみに打ちのめされた者の心の眼には――子どもたちの笑い声も、恋人たちのささやきあいも、なんとそらぞらしく響くことであろう」(神谷美恵子『生きがいについて』みすず書房)
弱者を切り捨てるように映りますが、真剣に生きれば健康管理はできるし、認知症になることもないでしょう。私は毎日エアジョギング、百回筋トレ、3分マッサージ、ロングブレス、逆立ち、うがい、柔軟をし、マーガリンやマヨネーズは食べません。就寝時はワセリンでパックします……。
何もせずに病気になっても自分のせいですし、雑草が抜かれるのは当然でしょう。刑務官を見ていると、認知症になるのが分かる。働かずに手抜きばかりの人(態度はでかい)は、目が死んでますよ。お言葉ですが、刑務官はろくでもない奴が多くて困ります。しかし“朱に交われば赤くなる”というとおり、凶悪犯を相手にすれば無理もありません。
(引用者注:この手記で植松死刑囚が『ハンチバック』について書いた内容を、同書の著者である市川沙央さんが読んで、当時、SNSで「ご同情どうもありがとう。達者で暮らしてください」と皮肉を込めてコメントした)
●死刑について思うこと(2024年)
私は死刑に賛成です。遺族にとって、犯人が死ねば事件を思い出すことも減るでしょうし、第三者が賛否を問う類の問題ではないと思います。善に対して過酷なのは、悪を許す口実のためです。善はうとんじられ、軽蔑され、拒否されている。悪は賞賛され、弁護され、甘やかされている。
考慮すべき点は、一人の人間でも善人や悪人、子ども、女性、老人など価値がちがうわけで、すべての命を平等にするから同情の余地が生じるのでしょう。私のいるB棟にはもう一人死刑囚がいます。七分の刺青が入っていて、宗教本をよく読んでおり、おなじ教誨師と話してます。勉強させて、心を育ててから殺すのは意味が分からない。死刑はすみやかに行うべきで、刑務官に心理的負担があるなら死刑囚に任せればいい(めめしいなあ)。死刑をなくすより、犯罪をなくすことが大切ではないでしょうか。
これがなければ人間ではない、というものが本質であって、結局それは徳性というものです。人を愛するとか、報いるとか、助けるとか、廉潔であるとか、勤勉であるとかいうような徳があって初めて人間になる。又その徳性というものがあって、初めて知能も技能も生きるのであります。