法制審「学者枠」は誰が選んだ? 再審見直し案に賛成の5人中3人が共同研究者、法務省の選定資料は「ない」
刑事裁判をやり直す「再審」制度の法改正をめぐり、法務大臣の諮問機関「法制審議会」が取りまとめた案に、冤罪被害者や研究者から「改悪だ」との批判が噴出した。
法務省の法案は、自民党の事前審査で複数回修正される異例の展開をたどった。
なぜ、こんなことが起きたのか。見直し案を取りまとめた法制審について調べていくと、委員の選ばれ方に、ある偏りが見えてきた。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
再審について議論した法制審の部会は、部会長1人、委員13人、幹事9人、関係官2人の計25人で構成された。
2026年2月の採決では、13人の委員中10人が賛成、反対3人はいずれも日弁連推薦の弁護士だった。
賛成した10人のうち5人は、刑事局長、警察庁刑事局長、東京高検の検察官、最高裁が推薦した裁判官2人という組織の「指定席」。残る5人が学者枠だった。
一見すると、法務・検察、警察、裁判所、弁護士、研究者と、刑事司法に関わる幅広い立場の人たちが参加しているようにみえる。
法制審の見直し案に対する各委員の賛否(肩書は当時。新聞報道をもとに弁護士ドットコムニュースが作成)
しかし、法務省刑事局長は、冤罪の問題で責任を問われる立場にもある検察組織の元幹部。幹事や法制審の事務局にも、法務省に出向している検察官が多くいる。
さらに、今回の法制審には、再審制度を専門に研究してきた学者が一人も選ばれていなかった。
弁護士ドットコムニュースが今年4月に報じた通り、検察官である法務省刑事局長が候補として挙げた有識者が、そのまま委員に選ばれていたことが情報公開請求で判明している。
国会で追及された当時の平口洋法務大臣は、「選定過程に問題があったとは考えていない」と答弁した。
しかし、選定過程がわかる文書を弁護士ドットコムが開示請求したところ、法務省は「ない」と回答した。
法制審の委員について、「選定過程に問題があったとは考えておりません」と答弁した平口法相(当時。参議院インターネット審議中継より
委員に選ばれた学者たちは、刑事法の研究や実務で実績のある人たちだ。
問題は、どのような基準や手続きを経て選ばれたのか、という点にある。
弁護士ドットコムニュースは今回、5人の学者委員について、KAKEN(科学研究費データベース)で、経歴や過去の研究内容を洗い出した。
・川出敏裕・東京大学大学院教授 ・池田公博・京都大学大学院教授 ・酒巻匡・早稲田大学大学院教授 ・宇藤崇・同志社大学教授 ・後藤眞理子・慶應大学大学院客員教授(当時)
すると、酒巻・川出・池田の3氏は、共同研究者として科研費を採択され続けてきた「同じ研究グループ」に属していたことが分かった。部会長を務めた大澤裕・早稲田大学教授も、この一員だ。
研究課題の代表者と主なテーマは、表のとおり。
再審見直しを議論した法制審の委員らが関わってきた研究の一部(KAKENの掲載情報をもとに弁護士ドットコムニュース作成)
グループの中心にいるのが、現在は法務省特別顧問を務める井上正仁氏。かつて法制審の委員も務め、1990年代以降の刑事訴訟法学界を牽引してきた人物だ。
井上氏を中心とするメンバーの科研費採択履歴をたどると、1995年度以降、代表者が変わりながらも、分担者・共同研究者としてほぼ同じ顔ぶれが並び続けていることが分かった。
今回の法制審では、こうした研究上のつながりを持つ学者たちが、同じ部会で再審制度の見直しを議論していたことになる。
法務省が開示した文書には、検察出身の森本宏・法務省刑事局長が選んだ人物を、再審法改正について議論する法制審議会の部会に所属させるよう依頼していた記載があった(2026年4月、弁護士ドットコムニュース撮影)
彼らは法制審でどんな発言をしてきたのか。
自民党の事前審査で大きな論点となった「検察官の不服申立て(抗告)」の禁止について、2025年12月23日の第14回会議でそれぞれ次のように述べ、慎重な姿勢を示していた。
池田氏 「(再審手続きの迅速化を図る)目的を達成するための手段としての合理性に大きな疑問が残る以上、相当でないと言わざるを得ない」
川出氏 「禁止する場合には、再審公判で再審開始決定の適否を争うことは想定されていませんので、刑事訴訟法第420条第1項も再審開始決定に対する不服申立てを禁止する理由にはならない」
酒巻氏 「一律に禁止するという尋常でない極端な方法を講じてまで再審請求審の審理期間を短縮する必要性は示されていない」
証拠開示のあり方など他の論点でも、検察側の裁量を制限しない方向の姿勢が目立った。
袴田巌さんが無罪になった経緯と、再審法改正に向けた動きをまとめた表(弁護士ドットコムニュースが作成)
今回の取材で確認できたのは、法制審の学者委員5人のうち3人が過去に共同研究をおこない、その研究に部会長や法務省の特別顧問も参加していたという事実だ。
研究をともにしたメンバーが法制審で顔をあわせることで、議論に影響はないのか。
川出、池田、酒巻、大澤の4氏に取材を申し込んだが、いずれからも応じてもらえなかった。井上氏には5月、兵庫県であった日本刑法学会の会場で声をかけたが、「取材は受けていない」と返された。
再審法改正について議論した法制審議会について、委員を選んだ経緯がわかる文書を開示請求したが、法務省は「作成又は取得しておらず、保有していない」と回答した(2026年9月、弁護士ドットコムニュース撮影)
もちろん、共同研究の経験があるからといって、研究者同士の意見が必ず一致するわけではない。
今回の委員たちは、それぞれの研究成果や専門的知見に基づいて意見を述べたと考えられる。研究上のつながりによって判断を左右されたと断定できる事実も確認されていない。
ただ、再審制度を専門とする研究者が一人も委員に選ばれず、再審に関わってきた弁護士や冤罪被害者らが求める制度改革について、否定的、消極的な意見が目立ったことも事実だ。
法制審の委員には、多様な立場から議論を尽くすことが期待される。法務省は、どのような基準で学者委員を選んだのか。結果として、検察実務に近い考えを持つ研究者に人選が偏っていなかったのか。
選定過程が明らかにされていない以上、こうした疑問を解消することも難しい。
記者会見で法制審のあり方について問題提起した稲田朋美・衆院議員(日本記者クラブのYouTubeチャンネルより。2026年7月)
法制審のあり方には、国会からも疑問の声が上がっている。
嘉田由紀子参院議員は6月25日の法務委員会で、「法制審議会がどこまで公平性、中立性を担保できているのか」と質問した。
これに対し、法制審で幹事をつとめ、この日は参考人として呼ばれた田岡直博弁護士は、次のように述べた。
「これまでの諮問を見ても、研究者の委員は、法務省事務当局案に賛成されることが多く、研究者内部での議論が非常に少ないというのがこの法制審の特徴だと思います。 せめて研究者の中に賛成の人と反対の人を入れるとか、そこで議論が行われることにしないと、弁護士委員は反対、研究者が全員賛成というのは、やはりいびつな人選が行われているのではないかという危惧を禁じ得ないです」
自民党の稲田朋美衆院議員も7月、日本記者クラブの会見で、次のように指摘した。
「検察が今までやってきたことに対する反省の上に成り立たなきゃいけない法律なのに、いわば被告人席に座らされている人たちがこの採決に参加していること自体がおかしいと思います。 法務省刑事局がメンバーを決めて、たたき台まで作っている。これはもう検察の検察による検察のための法律だとしか言いようがない。法制審のメンバーの構成とその議論のあり方が非常に偏っている」
今年9月、新たに民事裁判の証拠の取り扱いなどをめぐる議論が法制審で始まった。
近年、検察官による取り調べでの暴言など捜査の実態について、報道機関を通して社会の関心が集まっている。
今回の議論では、民事裁判の記録をもとにメディアが捜査機関の問題を報じることを困難にする方向での見直しが検討されていると言われており、法制審は重要な役割を担っている。
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