コラム:世界のパワーバランス、イラン紛争でどう動くか

今回のイスラエル・イラン紛争が世界のパワーバランスにどのような影響を与えるかという問いに答えるのは徒労に見えるかもしれない。写真はイラン中部のフォルドウ濃縮施設の衛星画像。6月20日撮影。Maxar Technologies提供写真(2025年 ロイター)

[ロンドン 22日 ロイター BREAKINGVIEWS] - 今回のイスラエル・イラン紛争が世界のパワーバランスにどのような影響を与えるかという問いに答えるのは徒労に見えるかもしれない。米国がイスラエル側に立って参戦した今、事態が極めて急速に動いているためで、イランが報復に出るのか、それとも和平を指向するのかが今後の流れを大きく左右する。

とはいえ米国、中国、ロシア、欧州がこの紛争によって力を増すのか失うのかを決める要因をいくつか見極めることはできる。イランの核開発計画は終わるのか、体制は転覆するのか、次期政権は現政権ほど米国に敵対的ではなくなるのか、さらには国家が無政府状態に陥るか否かなどだ。

米国が短期間かつ限定的な攻撃でイランへの関与を終えるのか、それとも長期的な紛争に巻き込まれていくのか、世界が米国を「ならず者国家」とみなすかどうかなども重要な論点だ。世界の関心がイランに向いている間にイスラエルがガザの人々の命をさらに奪えば、米国が「隠れみの」を提供していると非難される可能性もある。

原油価格も極めて重要な要素だ。イスラエルによるイラン空爆が始まった13日から20日までに北海ブレントは約11%上昇した。もし船舶の航行やパイプラインの運用に支障が生さらに値が跳ね上がる可能性がある。

Line chart of Brent crude futures price

今回の危機の収拾に外部勢力が関与し、その過程で影響力を拡大するかどうかも注目点だ。

<トランプ氏の綱渡り外交>

米国はこの紛争で多くを得る可能性も、失う可能性もある。イランの核開発計画を終わらせることができれば米国にとって大きな勝利で、「世界の超大国」としての地位を強化できる。だがトランプ氏が「イランの核濃縮施設を完全に破壊した」と主張しているにもかかわらず、専門家からは、イランの核の脅威は終わったと言うにはほど遠い状態だとの声も出ている。

トランプ氏を支える有力な共和党支持者や中東湾岸の同盟国、さらに欧州指導者の一部も、米国がこの戦争に加わることで混乱を招くのではないかと懸念していた。だがトランプ氏がイランの核の脅威を封じ込め、長期戦を避けることができれば、こうした懸念は払拭されるだろう。

その場合、米国は中東から中国へと軸足を切り替えることができるかもしれない。中国は、米国の超大国としての地位を真に脅かす唯一の国だ。新アメリカ安全保障センター(CNAS)のリチャード・フォンテーヌ氏は、米国はストライクグループ(航空母艦を中核とする米海軍の機動部隊)をインド太平洋地域に重点再配置できるとみている。

今回の紛争によってイランで最高指導者ハメネイ師の率いる体制が崩壊した場合の影響は不確かだ。新政権が米政府に対して現政権ほど敵対的でなくなるかどうかははっきりしない。もしイランが機能不全の「失敗国家」となれば、地域はさらに不安定化し、米国は責任を問われるだろう。

一方、米国が新たな「終わりなき戦争」に巻き込まれれば、さらに大きなダメージを被る。「米国はベトナム、アフガニスタン、イラクで武力を行使してきたが、いずれも米国の力は強まるどころか弱体化した」と英王立国際問題研究所(チャタム・ハウス)のロビン・ニブレット氏は指摘する。

さらに、イランがホルムズ海峡を封鎖して原油輸送を止めるなどして原油価格が急騰した場合にも、トランプ氏は打撃を被る。米国の石油企業は価格上昇によって利益を得られるが、有権者はガソリンの値上がりをひどく嫌うからだ。

<混乱の枢軸>

イランは、リチャード・フォンテーヌ氏が「混乱の枢軸(Axis of Upheaval)」と呼ぶ陣営の一角を成す。他の構成国はロシア、中国、そして北朝鮮だ。これは正式な同盟ではないが、イラン、中国、北朝鮮はロシアの対ウクライナ戦でロシア側にかなりの支援を提供してきた。

ロシアと中国は、イランが核開発を停止すれば歓迎するだろう。両国は2015年のイラン核合意に署名している。しかし次期イラン政権がこの緩やかな協力関係から距離を置くようになれば、ロシアと中国は好ましく思わないだろう。

このシナリオは特にロシアにとって痛手となる。ロシアは今年1月、イランと20年間の戦略的パートナーシップに合意した。昨年、同盟国シリアのアサド政権を守れなかったことに続いてイランのハメネイ政権を支えきれないとなれば、ロシアの威信は一層低下する。

ロシアのプーチン大統領にとって最も重要なのは、イラン情勢がロシアの対ウクライナ戦争にどう影響するかという点だ。ロシアとしてはドローン(無人機)の重要な供給源を失う恐れがある。ただ、原油価格が高止まりすれば戦争に必要な資金を確保できる。米国がイランで長期戦に巻き込まれれば、米国はますますウクライナへの軍事支援を渋る可能性がある。

ひとつの不確定要素は、今からでもロシアが米国とイランの間の合意を仲介できるかどうかだ。トランプ氏自身はイラン空爆を承認する前にそうした可能性を示唆していた。ロシアは仲介の見返りとしてトランプ氏にウクライナ支援のさらなる縮小を迫ることができるかもしれないと、モンテーニュ研究所のミシェル・デュクロは指摘する。

化石燃料を輸入している中国にとって原油高は悪材料だ。さらにイランの政権が交代すれば中東湾岸地域における重要な同盟国を失う可能性もある。

だが、もし米国が新たな中東戦争に引きずり込まれれば中国にとって大きな追い風になる。米国によるイラク侵攻後に、中国は経済的・政治的な影響力を拡大した経緯がある。中国は「われわれは責任ある国家で、米国は攻撃的な覇権主義国家だ」というメッセージを打ち出せるだろう。

<欧州の弱点>

イランの紛争がさらにエスカレートすれば、欧州が失うものは非常に大きい。欧州は大量の原油を輸入しており、原油価格の高騰によるショックは大きい。

イランが混乱に陥れば新たな難民の流入を引き起こし、欧州で極右ナショナリズムをさらに煽ることになりかねない。イランの人口は9200万人と、2015年に欧州の政治を大きく揺るがした難民危機の震源だったシリアの4倍に上る。

欧州にとって最大のリスクは、今回のイラン危機がロシアにとって有利に働き、ウクライナ戦争の遂行を後押しすることだ。逆に欧州が米国とイランの外交的な合意を仲介できれば恩恵が得られる。ただし、トランプ氏はイラン攻撃開始直前にそうした可能性は小さいとの見方を示していた。

ここまでは「既知の未知」だ。だが、だれも予想できない「未知の未知」も存在する。

「既知」と「未知」の要因がどのように展開するか次第で、イラン危機が世界のパワーバランスを米国側に戻す転換点となるか、それともさらに中国に有利な方向へ傾かせるかが決まることになる。

(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

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筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

Hugo Dixon is Commentator-at-Large for Reuters. He was the founding chair and editor-in-chief of Breakingviews. Before he set up Breakingviews, he was editor of the Financial Times’ Lex Column. After Thomson Reuters acquired Breakingviews, Hugo founded InFacts, a journalistic enterprise making the fact-based case against Brexit. He then helped persuade the G7 to adopt a plan to help the Global South accelerate its transition to net zero. He is an avid philosopher.

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