生物多様性の危機 里山の守り手を支えたい
世界の生物は、恐竜絶滅以来の「第6の絶滅期」にあるとされる。生物多様性を回復させるうえで、身近な里地里山が果たす役割に目を向けたい。
2022年の国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)では、30年までに生物多様性の減少を止め、回復へ反転させる「ネーチャーポジティブ」を目指すことで合意した。今年はその折り返し地点に当たる。
Advertisement目標年までに世界の陸域・海域の30%を保護することが国際約束となっている。原生的な自然だけではなく、人が手を入れることで保全されてきた里地里山のような自然も守る必要がある。
日本は、23年度に始めた「自然共生サイト」の拡大に力を入れる。国立公園のように行政が主導する保護地域と異なり、民間などが独自に管理する活動を認定する。
企業林や鎮守の森、ビオトープ、公園など、人が日常的に利用する場所が対象となる。想定を上回る申請があり、既に569カ所、計約11万ヘクタールが認定された。
注目高まる草原の機能
近年注目を集めているのが草原だ。自然共生サイトでも4分の1を占める。生態系保全に限らず、多様な機能を果たす。
希少な生物が生息し、単位面積当たりの絶滅危惧種の密度が森林よりも高いことが分かってきた。熊本県阿蘇地域が「九州の水がめ」と呼ばれるように、水源としての役割もある。大雨が降っても土砂災害が起きにくいとされる。
草原のカヤは古くから、かやぶき屋根や肥料、家畜のえさなどに使われてきた。温帯の日本では草原を放置すると森林に変わってしまうため、定期的に樹木の芽を焼き払う野焼きが実施された。
高度成長期以降、屋根が建材に、肥料や飼料が外国産に変わり、カヤの経済的価値が下がった。それに伴い野焼きが減り、草原は国土の1%程度まで縮小した。草原の次代への継承を進める「全国草原再生ネットワーク」の高橋佳孝代表理事は「最近は高齢化や人口減少など地域の疲弊も加わり、深刻さを増している」と訴える。
日本を代表する草原地帯も例外ではない。
先進的な取り組みで知られてきたのが阿蘇だ。環境庁(当時)が1996年、農家や企業、行政が集まる懇話会を開き、草原が農業や観光に欠かせないとの認識を共有した。関係者が一堂に会し、草原の価値を考える画期的な場となった。それを契機に国や県が支援に乗り出し、ボランティアも巻き込んだ協議会が05年に組織された。
ところが、近年野焼きをやめる区域が出ている。熊本地震や水害に見舞われたほか、各地で火入れ時の事故が起きたことが影響した。地域だけでは草原保全の責任を負えない状況になっている。
次世代へ価値の継承を
こうした中、一部の区域では負担やリスクを軽減しようと、野焼きの実施責任を行政などが引き受けることで、再開にこぎつけた。
高橋さんは今後、全国で再生を急ぐ必要がある草原を選び、必要な情報や人材、活動のノウハウの提供を始める計画だ。
里地里山の意義が世界に認められたのは、10年に名古屋市で開かれたCOP10だった。議長国である日本が提案し、保全する取り組みを進めることを決めた。
源流となったのが、02年に政府がまとめた「新・生物多様性国家戦略」だ。従来の自然保護行政は人の手を入れないことを最優先に位置づけ、里地里山の価値は軽視されてきた。その姿勢を転換し、人の手が入らなくなることを危機の要因として盛り込み、地域の営みや文化が紡いできた自然の重要性を初めて明記した。
今、その危機が現実のものになっている。人との境界だった里山が失われ、シカやイノシシによる農作物・希少生物の食害、クマの大量出没も招いている。
自然共生サイトの半数を担う企業には、社会貢献の観点から持続的な取り組みが求められる。企業が関わらない地域では、住民の活動をいかに支えるかが問われる。
サイト認定の審査委員長を務める森本幸裕・京都大名誉教授は「自然と向き合ってきた先人の知恵によって里地里山が守られ、生物多様性にも貢献してきた。その活動を見つめ直す時だ」と話す。
現代社会が抱える課題の解決にもつながる活動だ。里地里山の守り手を育てる仕組みを構築することが欠かせない。